今日の出来事ロジー

7月19日は、 河合隼雄 の命日です。

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 平成18年12月5日(火)昨日:野田氏ら11議員復党決定、首相「批判は甘んじて受ける」
 優柔不断の安倍さん、無党派層の支持減少をどの程度に踏んでいるのか。吉 or 凶?



 12月5日は、【バミューダトライアングルの日】です。 (大凶です。)

 1945(昭和20)年、大西洋上で、アメリカ軍機が突然消息をたち、その救援機も同じ海域で
行方不明となった。以来フロリダ・バミューダ・プエルトリコの三点を結ぶ三角形の海域は
魔の三角海域「バミューダトライアングル」と呼ばれるようになった。

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 ○ バミューダトライアングル(Bermuda Triangle)

 フロリダ半島の先端と、大西洋に浮かぶプエルトリコ、バミューダ諸島を
結んだ海域。昔から船や飛行機などが消えてしまうことで有名。百年以上前
から百を超える船や飛行機、1000人以上の消息不明者を出していると言われ
ている。「魔の三角海域」という別名もある。トライアングルと言われるが
実際に怪奇現象が起こるのは三角形でなく四角形(トラペジアム)だ。

 船や飛行機などが消えてしまうことで有名、とされるが多くの場合は嵐等
の悪天候の時に起こったもので、原因は分っている。少なくとも現代におい
て、船や飛行機などの遭難件数が、他の一般的な海域よりも多いという事実
はない。また、初期の特異な事例(完全な晴天時に乗組員のみが消えてしま
う等)の一部は、事実関係を誇張、または歪曲したものであることがわかっ
ている。あるいはバハマ諸島北部にある、近世以降探検家たちに恐れられた
粘りつく海、“サルガッソ海”と混同したか誇張したのかも知れない。


  いまではメタンハイドレート説が有力、磁気系統にトラブル

 メタンハイドレートとは、メタンを中心にして周囲に水分子が囲んだ形に
なっている物質。大量の有機物を含んだ土砂が低温・高圧の状態で結晶化し
たもの。見た目は氷に似ているが、火をつけると燃えるため燃える氷と言わ
れる。ほとんどが海底に存在するが、地上の永久凍土などで発見される場合
もある。日本近海にも大量に存在すると言われ日本のエネルギー問題を解決
する物質として考えられている。1立方メートルのメタンハイドレートを解
凍すると164立方メートルのメタンガスに変わる。石油や石炭に比べ燃焼時の
二酸化炭素排出量がおよそ半分であるため、温暖化対策としても有効な次世
代エネルギーです。


 ○ サルガッソ海

 サルガッソ海はバミューダ諸島の南東と西インド諸島の間にある海域。浮遊性の海藻
「サルガッスム (Sargassum)」にちなんで「サルガッソ海」と呼ばれ、「粘りつく海」
と言われるのも、この海藻によるもの。

 大量の気泡を内包して、アメリカの沿岸地域に多量に生えているこの海藻が嵐により
海を漂流し、海流に乗ってサルガッソ海に流れ着く。サルガッソ海では巨大な渦がゆる
やかに流れているため、海藻はこの海域に溜まることになり、それが数世紀わたって、
蓄積されつづけた結果、海面が半ば固体と化した半液体状になってしまっている。

 船舶にとってこの海が危険なのは、この海がある場所が弱い風しか吹かない亜熱帯の
それも無風地帯にあることで、特に帆船は数週間は身動きがとれなくなる。そのため、
船乗りはこの海域を「ホース・ラチチュード」と呼んでいた。この天然の障害物という
べきものに遭遇してしまうと、なす術は無いため後は幸運を祈るしかない。

 ※ ホース・ラチチュード(Horse Latitude 、馬の緯度)

 帆船による大航海時代に、南北の緯度二十度から三十度にかけて中緯度高圧帯の凪
(なぎ=無風状態)の中で帆船がいっこうに進まず、しかも積み込んだ馬が毎日貴重な
水を大量に消費するので、やむなく馬を海中に投棄した事から、その名が付けられた。


 帆船の時代において、風に恵まれ脱出できた者も存在するが、この海に入り込んだ者
の多くには悲惨な結末が待っている。何週間も動けずにいる間に船体に海藻が絡みつき
風が吹いた時には既に動けなくなっている。そのため、船乗り達は水と食糧不足で全滅
することになる。

 無人となった船は、その後も長い間この海域をさ迷うが、やがて帆が腐り、マストが
倒れ、最後には海藻に付着して一緒に流されてきたフナクイムシに船体を食い荒らされて
沈んでいく。これまでにも、無数の船がこの粘りつく海に捕まり脱出できぬまま沈んで
いったとされる。現在では、強力なスクリューが海藻を切り裂きながら進めるため危険は
無いが、やはり小さな船舶には危険が伴う。


 ○ バミューダトライアングルを演出する「怪談」のいくつか

 1872年、メアリー・セレスト号がバミューダ海域で異常な走り方をしているのを、
デイ・グラシア号により発見されたが、船内には誰もおらず乗組員は姿を消していた。
船内のテーブルの上には、まだ温かさが残る飲みかけのコーヒーや、パンやバター、
皿の上にはベーコンとオートミール、ゆで卵が、今にも食べようとしていたかのように
盛られていた。


 1881年、イギリス船エレン・オースティン号がバミューダ海域を航行中に、無人のまま
漂流している帆船と遭遇した。二、三人の乗組員がこの遺棄船に乗り込み、二隻の船は
ニューファウンドランドのセント・ジョンへと向かった。しかしそのうちに霧が濃くなり
スコールに襲われると、二隻は互いに姿を見失ってしまった。数日後、再び両船が遭遇した
時には、なんと、帆船はまたも無人になっていた。エレン・オースティン号の船長はあきら
めず、もう一度乗組員を乗り込ませたが、またもスコールに襲われ船を見失った。そして
そのまま、帆船の姿は二度と現れることはなかった。


 1945年12月5日、フロリダのフォート・ローダーデール空軍基地を飛び立った5機のアベ
ンジャー雷撃機(魚雷を発射する装備をもつ飛行機)は、フロリダ半島の東の海上へパトロール
飛行に向かった。離陸前のチェックでは、燃料は満載、装置類、エンジン、コンパス、計器類
も順調に作動した。パイロット、乗員ともにベテランで、天候は素晴らしい飛行日和だった。
本来なら出発から2時間で、何のトラブルもなく無事に帰還するはずだった。

 だが、出発から約1時間30分後の午後3時45分、編隊は不可解な通信を送ってきた。
「我々はコースをはずれたらしい。陸が見えない…、繰り返す…、陸が見えない」。

 基地の管制官は「機首を西に向けろ」と命じた。長い沈黙のあと、編隊長の声が入ってきた
が、その声には明らかに異常を感じさせるものがあった。

 「どっちが西かわからないんだ。何もかもおかしい…、変だ…、方向がさっぱり掴めない。
海さえ、いつものようじゃない!」管制官には、何が起きているのか掴めなかった。万が一、
全機のコンパスが故障してしまったとしても、熟練パイロットならば基地へ帰るコースを見つ
けられるはずなのだ。

 暫くすると、「われわれのいる場所はどうやら…」、「白い水に突入っ」という謎めいた
メッセージを残して、第19飛行編隊からの連絡は完全に途絶えてしまう。通信途絶の直後、
乗員救助のため、マーチン・マリナー飛行艇がバミューダ海域へ向かった。

 しかし驚くべきことに、この救助艇もかき消されたかのように行方がわからなくなって
しまった。6機の飛行機と27人の乗員は、あとに何の痕跡を残すこともなく完全に消えて
しまったのだった。「空のメアリー・セレスト号事件」とも呼ばれる悲劇。

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