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平成19年1月10日(水)昨日:またも米原潜に衝突される。またも戦時国の横暴。 「商船ならあり得ない」と川崎汽船。事故直後に国籍や船籍の告知を拒絶する原潜の対応。米軍は海外にあって、常に戦時下。商船のノイズに自らの存在を晦ます。そこから今回の事故は発生したと思われる。米軍は責任回避の発言に終始。 1月10日は、十日えびす<戎> (今宮戎神社、大阪) ◇ 今宮戎神社(大阪市浪速区) 商売繁盛の神様「えべっさん」として知られ、毎年1月9日から11日にかけて十日戎(とおかえびす)が開催されます。聖徳太子が四天王寺建立の際に西方の守護神として建てられたと言う由緒が伝えられる。 御祭神は、天照皇大神(あまてらすおおみかみ)、事代主神(ことしろぬし)、素盞鳴命(すさのおのみこと)、月読尊(つきよみのみこと)、稚日女尊(わかひるめのみこと)の五柱。このうち事代主神がえびすとして特に信仰を集めた。近世以降は商売繁盛の神として、現在でも篤く信仰される。一説には事代主神系のえびすを祀る神社の総本社ともされる。 ◇ 吉兆笹(福笹) 笹は松竹梅のひとつで縁起物。「真っ直ぐにのびる」「弾力があり折れぬ」 「常に青々としている」そんな特徴から、商売繁盛の象徴となっている。 竹のもつ清浄さ、根強さ、節により苦難に耐え忍ぶ姿、冬も青々とした葉を付け、更に竹林の生命の無限性、旺盛な繁殖力など、そこに強い生命力と神秘性を感じとり、神霊が宿るとさえ信じていました。こうした日本人の竹に対する感性が、色々な神事に笹が用いられることになり、竹取物語のかぐや姫が、竹から生まれるのも同様の信仰から基づいたものです。十日戎の笹も例外ではありません。常に青々とした葉をつけているところに、「いのち」を生み出し続け、「いのち」を常に甦らせている神秘性、その姿は、神道の信仰そのもので、神々の御神徳によって、日々「いのち」が甦り生成発展している姿を象徴しています。 そして十日戎を象徴するのが、神社から授与される小宝です。小宝は別に「吉兆」(きっちょう)と呼ばれ、銭叺(ぜにかます)・銭袋・末広・小判・丁銀・烏帽子・臼・小槌・米俵・鯛等の縁起物を束ねたものです。「野の幸」「山の幸」「海の幸」を象徴したものです。別の言葉として「山苞」「海苞」「家苞」とも呼ばれています。 苞(ほう)というのは、外からは内部が見えない簡単な容器のことで、もともと山や海や家からの「贈り物」を入れるうつわのことでした。「山苞」は山の神の聖なる贈物、「海苞」は海の神の聖なる贈り物、「家苞」は里の神の聖なる贈り物となるわけです。これを「市」でそれぞれ交換します。それぞれを「替える」わけです。これが「買う」という言葉になります。この「野の幸」「山の幸」「海の幸」を象徴した吉兆は、その中にこもる「御神徳」をいただく信仰を受け伝えたものです。 この吉兆を笹につけて参拝者は家路につきます。江戸期に作られた歌謡にも、次のようにその状景が歌われています。「十日戎のうりものは、はぜ袋に取鉢、銭かます、小判に金箱、立烏帽子、米箱、小槌、たばね熨斗(のし)、笹をかたげて千鳥足」。 ※ 器量良しの福娘に勧められて、あれもこれもと福笹に種々の吉兆を付けてもらうと、あっという間に一万円、二万円になってしまいます。えべっさんにはおおそれながら、サービス過剰のキャバレーみたいなとこ、ありまへんか? 器量良しの福娘には長い行列ができ、それなりの福娘の処は閑散としてしまうとか。男衆が、「こっちの方が空いてますよー」って言ってもさっぱりラチカンらしい。 |

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色々勉強になりました。大阪人の商売根性もまだ衰えていませんね。話は変わりますが、竹は物凄い繁殖力ですね。家の隅に竹が植わっているのですが、あちらこちらから芽が出てすぐに伸びます。難儀ですね。
2007/1/11(木) 午前 4:45 [ kaz*_51** ]
初めまして。播磨国総社・えびす祭は、賑やかですよ(笑。
2009/1/15(木) 午後 9:04