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1月14日は、念仏寺陀々堂の「鬼走り」があります。 毎年1月14日夜、大津の念仏寺陀々堂では五百年の伝統を誇る火の祭典「鬼走り」が行われます。燃えさかるたいまつを振りかざした父鬼・母鬼・子鬼が堂内を豪快に走り回り、住民の災厄を払います。鬼が幸いをもたらすというのは各地でも珍しく厳寒の中、多くの参拝者が訪れます。平成7年に大津市で初めて、国の重要無形民族文化財の指定を受けました。 1月14日 修正会結願 午後1時 五人の僧による大般若経転読が始まる 午後4時 昼の鬼走り(松明に点火せず) 午後4時半 福餅まき 午後7時 息災護摩供(堂内) 午後7時半 柴灯護摩供(境内) ☆午後9時 鬼走り(たいまつ点火) 所在地:奈良県五條市大津町 念仏寺陀々堂 交 通:JR五條駅より奈良交通バス火打口下車 問合せ:五條市観光協会 07472-2-4001 午後9時、鬼走りの行者たちは、参拝人で埋め尽くされた境内の 中央を、迎えの小松明を先頭にして入堂する。 やがて鐘の音を合図に僧達の早口の読経と、カタン、カタンという高く乾いた棒打(ぼうだ)の響き、火天(かって)役による「火伏の行(ひぶせのぎょう)」が始まる。燃え盛る松明を肩にした火天は、ゆっくりした摺り足で参詣人の前に姿を現す。そして火祭りの安全を願い、中空に向かって松明で水の字を書く。松明を天井高く差し上げては暗闇を引き裂かんばかりに振りかざす火天の姿は、不動明王の化身と見まごうばかり。かわせ(水天役)は笹竹で桶から水を振りかけて、火天の火傷を防ぎ、床に落ちた火の粉を消してまわる。火天の荒行が終わると、一瞬の静寂があって、いよいよ鬼の登場となる。 ひば(桧の生葉)をくべた煙がもうもうと堂内に立ちこめる須弥壇裏の囲炉裏で発火寸前に暖められた大たいまつに、差配(進行係)の「一番たいまつ点火」という緊張した声を合図に行者達は一斉に活動を開始。間合いを見計らって二番、三番たいまつも火種が移される。 一番たいまつが佐役(すけ=補佐)の肩に乗せられ、右手に斧を持った赤鬼と共に正面北の戸口に走り出てくる。けたたましい法螺貝の響き、そして太鼓棒打と、強烈な音響を背景に、今まで暗かった堂内が赤々と照らし出され、鬼の面が浮かび上がる。 片腕片膝でたいまつを受け取った赤鬼は、一瞬、天空に向かって斧を構えて静止、火の粉を振りまきながら正面中央戸口に歩を進める。後に青鬼と二番たいまつが登場。赤鬼が中央から更に歩を進め正面南戸口で空を睨むとき、北の戸口には茶鬼が現れ三つの松明が並ぶ。 堂内はさながら火の海と化し、炎は生き物の如く天井をなめ、ひさしを這う。火祭は最高潮 に達する。一番たいまつは再び佐役の肩に乗って須弥壇裏をまわり右戸口に姿を現す。 こうして三度堂内をまわった鬼は横戸口から境内に降り立ち、水天井戸に礼参りをして行事は終了する。 ◇ 真言宗「念仏寺(陀々堂)」 「念仏寺」は、平安末期か鎌倉時代、領主坂合部氏の氏寺として建てられ、初めは四柱造の瓦葺屋根でしたが、室町時代に現在のような茅葺になっています。なお、「念仏寺」を通常「陀々堂」と呼んでいますが、これは「鬼ばしり」で行われる達陀(だったん)の秘法(松明をかざして飛び散る火の粉で身を清め、災いを焼き払う行)を行うお堂と言うことから、「だったん堂」が訛って、「陀々堂」になりました。 ※ 念仏寺陀々堂の「鬼走り」も、東大寺二月堂の「お水取り」も春を迎える行事。こなた小正月、かたや立春。「お水取り」は今では三月に行うため、二月堂修二会のネーミングが浮いてます。 |

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須賀川のたいまつ焼き??だったかな?? これは 秋だったかな これも なかなか いいですよ
2007/1/15(月) 午前 5:08 [ 建築や ]