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平成19年2月8日(木)昨日:北朝鮮政治犯収容所の120人脱出か。頼みの軍規も崩壊? 1950年2月8日、画家・丸木位里・俊夫妻が『原爆の図』を発表。 ○ 丸木位里(まるき・いり)・丸木俊(まるき・とし) 丸木位里・丸木俊夫妻は40年に及び共同制作し、作品を生み出していった。 その原点は、1945年8月6日に原爆が落とされた広島の惨状である。この悲劇 を繰り返さないよう平和への祈りを込めて描かれたのが、超大作「原爆の図」 そして「南京大虐殺の図」「アウシュビッツの図」「沖縄戦の図」へと画業の 旅はつづいた。 「『この絵は、徹頭徹尾リアルに描こうと思った・・』と位里さんはいう。 『当時、原爆の報道は一切禁止されていた。発表された写真は米軍の飛行機の 上から撮ったキノコ雲だけですわね。こんなひどい出来事が、ズルズルと埋も れてしまうことがあってはいけない。私たちは見たんだからね』」 「ふたりが、身内の安否をたずねて広島に帰ったのは、原爆投下の3日あと であった。これはその時の目撃をもとにして描かれた。発表されるや、批評家 は息をのんだ」「爆心地を証言する人は死んだ。二人は、辛うじて生き残った 被爆者の話を聞き、想像と写実のギリギリの接点で、あの日のヒロシマを描い た」 丸木美術館に、戦争を知らない子どもたちが訪れる。俊さんは折にふれ話し 相手になっていた。ある中学生の少女はこういった。「原爆は怖いと思うけど よく分かりません。だって経験してないことですから」俊さんはこう答えている。 「経験したときには、もう死んでいる、原爆とはそうしたものなのです。 だけど、あなたがたは幸せなことに想像力をもっている。その想像力をもって いる。その想像力で、力いっぱい生きて下さい」 |

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はじめましてステキなブログですね♪私はブログ開設したばかりだけどよかったら遊びに来てください^^
2007/2/8(木) 午前 6:03 [ jun*o*n_2*07 ]
私は昭和30年ごろから5年ほど、広島に住んでいました。いろいろ見聞しましたが、ある銀行のいり口の石の階段に、人の影がくっきりと残っていました。原爆が投下された時、ここにいた人の無残な姿なのです。合掌。
2007/2/9(金) 午後 3:26 [ kaz*_51** ]
もらいます^^^^ぽち
2008/4/2(水) 午後 10:23
写真を利用させていただきます。
2015/2/8(日) 午前 1:08 [ 護憲・反原発ブル/小牧&丸木寿人 ]