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平成19年2月10日(土)今日:巨人キャンプで東国原知事がユニホーム姿で地鶏をPR。 名物の地鶏20キロ、宮崎牛60キロ、完熟キンカン9キロを贈呈しました。 2001年2月10日、ハワイ沖を航行していた宇和島水産高校の実習船「えひめ丸」が、 急浮上した米海軍原子力潜水艦「グリーンビル」に衝突され沈没した。 乗務員の35人の内、「えひめ丸」に取り残された教員5人、生徒4人が死亡。救出された 者の内、9人がPTSDと診断された。 ○ 経緯 平成13年2月10日(日本時間)、ハワイ州オアフ島沖で愛媛県宇和島水産高等学校の練習船 「えひめ丸」(35名乗船)が、緊急浮上した米原子力潜水艦「クリーンビル」に衝突され沈没 乗員35名中9名(内高校生4名)が行方不明。 政府はホノルルに櫻田外務大臣政務官(2月10日〜26日)、次いで望月外務大臣政務官 (2月23日〜3月1日及び3月5日〜21日)を派遣、陣頭指揮をとる。また、2月15日より 同19日まで、衛藤副大臣をワシントン及びホノルルに派遣した。 米側はブッシュ大統領より森総理へ、パウエル国務長官より河野外務大臣に電話で謝罪した ほか、大統領特使ファロン海軍大将が大統領親書を携行して来日(2月27日〜3月1日)し、 愛媛県へも訪問した(2月29日)。米国はあらゆる面での責任を認めている。 ○ 宇和島水産高校の実習生らに、ふりかかる更なる不運、不幸 グリーンビルは、浮上前にソナーでえひめ丸の存在を認識していたが、民間人16名を乗せて おり(有力者、貴賓、タニマチ etc)、グリーンビルのクルーらはこの民間人の対応に追われ、 ソナーによる確認作業が充分ではなかったとされる。しかも「急浮上」そのものが、これら 民間人にたいする「アトラクション」であったと思われる。 また事故後、グリーンビルは現場海域に留まったものの、同乗する「民間人」に配慮してか 積極的な救難活動を行わなかったとする有力な指摘がある。 更に事故当時、森喜朗首相はゴルフ場に居たが、そこで事故の一報を聞いた後も、そのまま プレイに興じ続けていたことが明らかになり、大きな問題となった。 午前10時50分に第一報を受けたあと、午後0時20分の第三報まで2時間以上プレーを続け、 3ホールを回ったとのことである。このことを問いただされた森が、「プライベートだ!」と 答えたことで批判は拡大した。 森の言い分は、えひめ丸事故の一報が入った時、その場を離れないようにと言われたので、 ゴルフ場で待機していたとのことである。この事故の報道では、別の日に撮影された森首相の 楽しげなゴルフプレイ姿が繰り返し放映されたため、悪印象が増幅した。 グリーンビルの元艦長スコット・ワドル(当時中佐)は事故の責任について軍法会議で審議 されることもなく、司令官決裁による減棒処分を受けたのみ。のちに軍を名誉除隊した。 退職後ただちに海軍関連の企業にめでたく再就職(天下り)。2002年12月には宇和島市を訪れ、 えひめ丸慰霊碑に献花した。 2003年に全国水産高校長協会が、2月10日を「海の安全祈念日」に制定。 |

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