今日の出来事ロジー

7月19日は、 河合隼雄 の命日です。

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 平成19年2月12日(月)昨日:米は誤算「法外な要求」 北は譲らず、膠着状態。


 2月12日は、【菜の花忌】です。 司馬遼太郎(1923〜1996)

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 菜の花は、生前、庭の土管に好んで植えていた花。食べられる植物を愛した。
『街道をゆく』は、『週刊朝日』に25年間(1147回)にわたり連載され、原稿用紙は
合計1万8千枚に及ぶ。

 1961年に産経新聞社を退職し作家生活に専念するが、その2年前に同社の記者であった
松見みどりさんと再婚している。終生のパートナーとなった、みどりさんは明るい人で、
司馬の作家活動を全面的に支え続けた。

 ご夫婦に懇意にさせて頂いたと言う、作家・太田治子氏は、「先生はクマのぬいぐるみ
見たいな人でした」と評する。

 近代史に光をあてたことが彼の大きな功績。そして第二次世界大戦を痛烈に批判しました。
かつてインタビューでノモンハン事件にふれ、「ものにしようと、相当資料を集めましたが、
作品には出来なかった。大変な圧力がありました」と語った事がある。

 ノモンハン事件では、ソ連の捕虜になった兵士が、故国に帰ることをためらい、そのまま
現地の人間として、郷里の縁者に知られることなく土に帰した者、少なからずとか。

 彼は、狂信的なもの、非論理的なもの、非合理なもの、精神主義的なものを嫌った。

 ※ かつて、母を見舞った病院でのこと。春になると病院に隣接する休耕田を、菜の花畑に
して遊歩道を設置してくれた。車椅子を押して菜の花にしばし見入る。やさしい風に吹かれて
母もわたしも気持ち良かった。

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 ○ 【菜の花忌】の先輩格に伊東静雄忌がある。
   <3月12日>(当初は「さいかき」と称す)

 1986年、第34回の「菜の花忌」に、福田みどりさんからのメッセージが寄せられた。
「ようやく司馬遼太郎の書斎の前の庭にも菜の花が咲き始めました。同じ野花を愛された
詩人の魂にこの花をささげます」。

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 ○ 「菜の花プロジェクト」 菜の花は地球を救う

 温暖化ガス削減のために、脱化石燃料化運動を進めよう

 菜の花の咲く前に採取すれば、美味しいおひたしに
 菜の花が咲けば、蜜蜂が蜜を採取する
 菜種からは菜種油が取れる
 食用油に使った後、廃油を精製して燃料になる
 油かすは堆肥にしたり、飼料にもなる

 参照:3月12日、【菜の花忌】(伊東静雄忌)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/29759097.html

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私の子供時代は少し郊外に出ると、まっ黄色の花をつけた菜の花が一面に続いていました。友人の家は菜種油工場でしたので、あの細かい菜種が山積みになっているところで、ごろごろと転がって遊びました。

2007/2/15(木) 午前 9:51 [ kaz*_51** ]


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