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平成19年2月13日(火)昨夜:キャンプ座間付近で爆発音、発射台のような筒発見。 2月13日は、江利チエミ忌です。 江利チエミ(1937〜1982)(本名は久保智恵美、愛称はエリー) 昭和34年、ゲスト出演した東映での共演が縁で高倉健と結婚するが、義姉(異父姉)による横領事件などがあって、同46年にチエミ側から離婚を申し入れる。姉は実印を悪用し、貯金を横領するだけでなく、高利の金融にまで手を出した。不遇な自分と「大スターである妹」との格差に一方的に嫉妬した犯行で、実刑判決を受けた。チエミは数年かけて数億に及んだ借財と抵当にとられた実家を取り戻した。 義姉のいわれなき悪意は、高倉、チエミの仲まで裂いた。高倉、チエミのそれぞれに誹謗中傷を吹き込み、離婚への足がかりをつくったのだ。 昭和57年(1982年)2月13日、自宅マンションの部屋でうつぶせの状態で倒れているのをマネージャーに発見されたが、既に心停止の状態だった。死因は、胃から戻した食物が喉に詰まっての窒息。享年45。風邪で体調が悪かったところに、暖房をつけたまま市販薬を飲み寝込んだのが原因、とも言われる。この日は北海道でのステージの予定があった。あまりに突然の死を前に、美空ひばり、雪村いづみ、清川虹子や中村メイコらも動揺が大きく号泣。 デビュー直前の母の死、2人の兄の死、甥の事故死、流産、そして離婚と家庭運に恵まれなかった部分も多く、昭和45年には自宅全焼、同47年にはハイジャック事件にも遭遇。43年にはポリープによる声帯手術、と栄光の陰になぜか「不幸」がつきまとう生涯であり、親友である美空ひばりと相通じるものがある。 ○ 復縁を望んだ江利チエミの後悔 昭和34年、東映の若手2枚目・高倉健と結婚。夫を「ダーリン」と呼ぶ仲の良さだったが自宅が火事で全焼したのをきっかけに不運が重なり、あげくに夫の浮気を邪推して離婚する。11年の蜜月だった。やがて誤解がとけ、チエミは詫びを入れて復縁を望んだが、高倉は静かにこれを拒否する。 後日、彼女は親友のひばりに、涙をこぼしながらこう語った。 「覆水、盆に返らず、という昔の言葉は本当なのね。あんないい人を疑った私はバカだった。大バカだった」、そう言って酒をあおったそうだ。 昭和49年のヒット曲「酒場にて」の中に、こんな歌詞がある。 ♪好きでお酒を飲んじゃいないわ、家に一人帰る時がこわい私よ‥ チエミの孤独死に、切ないくらいにかさなる歌詞に思える。 当時の彼女が、ふと洩らしたひと言。 「人生の底を見ちゃった気がするのよ」。 チエミ亡きあと、高倉健は命日の献花を絶やしたことがない。 『悲しい酒 & ひとり寝の子守唄』 美空ひばり |

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