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平成19年2月23日(金)昨日:黒川氏「石原知事は今が潮時、東京はミニバブル状態」 「外資などが儲けるだけで、都民は損をする」と述べ、「東京を金もうけ主義の投機から守り、文化と経済の共生を目指す」と説明。五輪招致、湾岸地域の再開発を含む計画自体を「発想が古い」と批判。「開発で群がるのは金持ち。泣くのは湾岸の生態系」と断罪した。 1955年発表の「太陽の季節」で、第34回芥川賞を受賞した際、三島由紀夫はこう評した。「文壇に土足で踏み込んできた」「ボロボロになった連隊旗をやっと渡せる」、それほどに鮮烈なデビューだった。文壇のみならず、社会風俗をも一変させるほどの鋭い剃刀だった。 3選を狙う石原慎太郎、74歳。若い頃から権力志向の強かった“竜哉”は階段を登りつめ、都政のドンに納まった。大臣ポストの3、4を兼ねるほどのパワーがある。黒川氏の指摘のように「傲慢になったらやめる」べきだが、“鈍磨した鉈”の石原氏には、通じない。 賞賛と非難とは、いつも隣り合わせ、気づかぬものこそ、あはれなれ。 1836年2月23日、アラモ砦の戦いが始る。(テキサスの反乱) テキサス義勇軍約200人がメキシコ正規軍・約4千人と戦い、3月6日に全滅。 もともとスペイン領だったテキサスの広大な土地は、1821年に独立したメキシコの領土になっていた。しかし、メキシコの中心からあまりに遠い辺境のテキサスに、アメリカの開拓民たちが移住し、1836年にメキシコから独立する為の叛乱を起す。 メキシコでは独裁政権を樹立したばかりのサンタ・アナが自ら4千の軍隊を率いて、アメリカ人叛乱軍の一部、187名が立てこもったアラモの砦を攻撃する。 少人数で守るは、トラビス大佐と西部開拓移民の伝説的英雄・デヴィ・クロケット、そして、両刃ナイフの考案者・ジム・ボウイなど。大軍の攻撃に耐えて戦うこと13日、ついに敗れて、アラモの砦はメキシコ軍に占領された。 歴史上名高いアラモの戦い。「アラモを忘れるな」(Remember the Alamo!)という叫びで奮い立った反乱軍は、メキシコ軍を破ってテキサス共和国を独立させた。9年後の1845年、テキサス共和国は、奴隷制度を認める南部の一州・テキサスとしてアメリカに併合される。 もともと、アラモはスペインの布教所として1718年に建設された。19世紀にスペイン軍の騎兵隊が駐屯し要塞化したもの。 1861年から1865年にかけての南北戦争では、テキサスは南軍(奴隷制度容認側)につき、敗戦の憂き目にあう。そして、南部の恨みは、ケネディー大統領暗殺へと連綿と続く。ブッシュ氏もテキサス出身です。南部の御仁は、喧嘩っ早いとか。 1865年、南北戦争の敗戦直後に生まれたのが、KKK(クー・クラックス・クラン)です。活動が暴力的で、1871年には違法テロリスト団体と認定された。白人貧困層の支持を集め、幾つかの州では少なからぬ政治的影響力を持つ。南部の州は伝統的にKKKの勢力が強い。 ※ 中学生の時に観た『アラモ砦』(1960年、ジョン・ウェイン監督・主演)は、お正月映画だった。ジョン・ウェイン演じるデヴィ・クロケットが、とてもカッコ良くて憧れた。教科書に『アラモ砦』の、いたずら書きをして楽しんだものだった。主題曲が哀愁に満ち、男のロマンを最初に感じた記念すべき映画でした。
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なんとなくそんな映画ああったような気がしますが、日本人には忘れられてしまいそうなアメリカの歴史ですね。勉強になりました。
2009/10/3(土) 午前 10:44 [ Seito ]