今日の出来事ロジー

7月19日は、 河合隼雄 の命日です。

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 平成19年3月6日(火)浅野氏が都知事選出馬を正式表明。民主またも独自候補ならず。

 「チャイナショック」に、「ジャパンショック」が重なるのではという懸念高まる。
 そんな中、なぜか安倍内閣の支持率が反転、発足以来初の上昇を示す。底をうった?

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 3月6日は、【ジャンヌ・ダルクの日】です。

 1429年、イギリスとの百年戦争で苦戦するフランス皇太子シャルル7世の
 もとに、神の命を受けたというジャンヌ・ダルクが現れた日。

 以後、彼女の活躍で戦況は一変したが、翌年イギリス軍に捕えられ、
 宗教裁判にかけられて火刑にされる。

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 ○ ジャンヌ・ダルク(1412年〜1431年)(仏:Jehanne Darc 英:Joan of Arc)

 「オルレアンの乙女」とも呼ばれ、フランスの国民的英雄であり、カトリック教会の聖女。百年戦争でオルレアン解放に貢献し、シャルル7世をランスで戴冠させ、フランスの勝利に寄与した。コンピエーニュの戦いで捕虜となり、宗教裁判で異端者と断罪され、ルーアンで火刑に処せられた。

 ジャンヌ・ダルクは、1412年にフランスのロレーヌ地方にあるドンレミ(ドムレミー)村の農家である父ジャック・ダルクと母イザベル・ロメとの間に生まれた。ジャンヌには3人の兄とカトリーヌという妹がいた。その頃、フランス北部(ノルマンディー)は、ブルゴーニュ派と連合したイングランドに占領されていた。そしてフランスには、1422年に、シャルル6世が亡くなって以来、国王が不在のままだった。

 1420年、シャルル6世およびイングランドのヘンリー5世により、トロア条約が結ばれてフランスの王位はイングランドのまだ幼いヘンリー6世が相続する事になった。王位継承をフランスから奪うもので、多くのフランス貴族によって反対された。

 シャルル6世の跡継ぎ・王太子シャルル(後のシャルル7世)の王位継承は無視された。だが、ヘンリー6世はいまだ幼少のため、フランスのランスでフランス王としての戴冠式を行えなかった。


 ジャンヌは1425年の夏に、初めて「声」を聞く。聖女カトリーヌとマルグリット、そして大天使ミカエルの声であったと言う。「声」はジャンヌに、ヴォークルールの守備隊長・ロベール・ド・ボードリクールに会い、オルレアンの包囲を解いてフランスを救うように告げた。ジャンヌは「声」に従い、1428年5月にボードリクールの下を訪れるも追い返される。1429年2月、ボードリクールはついにジャンヌの願いを聞き届け、6名の従者と男物の服と馬とを与え、シャルル7世のいるシノンへ向かわせた。

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 1431年2月21日、ルーアンで異端審問裁判が始まる。同年5月30日朝、異端者として教会から破門され、同時にイングランド軍による死刑宣告、火刑が執行された。

 ジャンヌ・ダルクは、1909年4月18日にローマ教皇ピウス10世により列福される。次いで1920年5月16日に、ベネディクトゥス15世によって列聖され、聖人となった。

 列福とは、カトリック教会において徳と聖性が認められ、福者(聖人の前段階)の地位にあげられることをいう。列聖とは、キリスト教で聖人崇敬を行う教会が信仰の模範となるにふさわしい信者を聖人の地位にあげることをいう。ほとんどの場合、死後行われる。

 日本人の聖人としては豊臣秀吉時代に、長崎で殉教した日本二十六聖人のうちの20人の日本人がいる。

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 江戸期の188人列福へ ローマ法王、4月上旬にも  2007/07/3/4

 ローマ法王ベネディクト16世は、江戸初期に日本各地で殉教した188人の日本人カトリック信者を、4月上旬にも福者に列する。列福式は11月、バチカンから枢機卿が出席し、長崎で行われる予定。

 福者とは、聖人に準じた存在として、カトリック信者から公的な崇敬を受ける人。最近では修道女マザー・テレサが認められた。現在、日本では「日本二十六聖人」をはじめ計247人の聖人、福者がいる。

 これまで日本の聖人、福者は長崎関係の聖職者が多かったが、今回は、(1)米沢(山形県)京都、広島、山口、九州各地などに殉教地が拡散、(2)一般信者が大半、(3)約三分の一(60人前後)が女性という点が特徴的だ。老若男女を含む一家全員が殉教した例もある。

 188人には、天正少年遣欧使節に参加したジュリアン中浦や、陸路エルサレムまで渡り、故遠藤周作氏が「銃と十字架」で紹介したペトロ岐部ら4人の聖職者も含まれている。

 列福への動きは、1981年、前の法王ヨハネ・パウロ2世の来日を機に始まり、日本カトリック司教協議会の溝部脩・高松教区司教が中心になって手続きを進めていた。


 「ペトロ岐部と187殉教者」(カトリック中央協議会)
 http://www.cbcj.catholic.jp/jpn/feature/kibe_187/index.htm

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 ※ 20代半ばの頃、テレビの深夜映画で『裁かるゝジャンヌ』(1927年)を観た。
カール・ドライヤー監督の無声映画だった。モノクロ無声で、あれほどの迫力ある画面を創れることに驚嘆した。無声であったためか、リアルタイムのドキュメンタリーのような錯覚にも捉われた。今ならば、容易に録画が出来るものの、テレビの前での緊張感などはカケラもない。当時は、その時に見なければ二度と見られない、と言う得がたい環境が整っていた。

 【参照】5月30日、ジャンヌ・ダルク、火刑
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/33094916.html


 トンカツを 納めて父を 荼毘にふす

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