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平成19年3月7日(水)昨日:皇后さま(70)が腸から出血、精神的疲労が原因、静養へ。 ◇ マーリンズ戦に松坂が登板、3回無失点 (日本時間:早朝3時5分) フロリダ州ジュピターでのマーリンズとのオープン戦に松坂が先発、大リーガーと初対戦。二回裏のピンチを何とか切り抜けるも、スライダーが決まらず、インサイドが悪かった。チェンジアップは決まる。マウンドの形状に対する違和感の克服が急務。 1回裏:投ゴロ、中安打、遊フライ、空三振。 2回裏:四球、空三振、右二塁打、逃三振、一フライ。 3回裏:投ライナー(見事な反応)、遊フライ、二フライ。 投球内容:47球、被安打2、奪三振3、与四死球1、失点0。 松坂談:今が疲労のピーク。開幕に向けて、色々試したい。ハーフスウィングには寛大な印象を受けた。アウトサイドは広くとってくれるが、審判の癖がまだ分からない。 3月7日は、安部公房の誕生日です。 ○ 安部公房(1924〜1993)(こうぼう、本名:きみふさ)(作家、演出、脚本) 東京府北豊島郡(現・東京都北区)生まれ(本籍地は北海道旭川市)。 幼少期を満洲で過ごす。1940年に満洲の旧制奉天第二中学校卒業。帰国して旧制成城高校(現・成城大学)理乙に入学し、戦時下のため繰上げ卒業。1943年に東京帝国大学医学部医学科に入学。在学中の1947年に、後に安部の作品の装訂や舞台美術を手掛ける事になる画家の真知さんと結婚。1948年に卒業、医師国家試験に不合格。 1947年に、安部は「粘土塀」と題した処女長編を、成城高校時代のドイツ語担当教員・阿部六郎の許に持ち込む。この長編は、一切の故郷を拒否する放浪の後に、満洲の匪賊の虜囚となった日本人青年が書き綴った、三冊のノートの形式を取った物語。 「粘土塀」の内容に深い感銘を受けた阿部は、この作品を文芸誌『近代文学』の創刊者の一人、埴谷雄高に送り、「粘土塀」の内の「第一のノート」が、翌年2月の『個性』に掲載される。この作品が縁となって、安部は埴谷雄高、花田清輝、岡本太郎らの運営する「夜の会」に入会する。 埴谷、花田らの尽力により、1948年10月に、「粘土塀」は『終りし道の標べに』と改題されて、真善美社から刊行された。埴谷は、安部を高く評価しており、後の『壁』の書評においては、安部が自分の後継者であるばかりか、自分を越えたとまで述べている。 1951年『近代文学』2月号で、短編「壁 S・カルマ氏の犯罪」が発表される。「壁」はルイス・キャロルの『不思議の国のアリス』に触発された作品で、テーマに満洲での原野体験や、花田清輝の鉱物主義の影響が含まれていた。 「壁 S・カルマ氏の犯罪」は、1951年上半期の第25回芥川賞を受賞。選考会の席上で、委員の宇野浩二は「壁」を酷評する。自身と全く相容れぬ表現だった。だが、川端康成と滝井孝作の強い推挙が受賞の決め手となる。 1950年代には、日本共産党に所属していた時期もあった。しかし1961年、日本共産党が綱領を決定した第8回党大会を批判し、党の規律に背いて意見書を公表、除名される。 1992年12月25日深夜、脳内出血で倒れ、退院後に自宅療養を続けたが、1993年1月20日、症状悪化、1月22日早朝に急性心不全により死去。享年68。 日本で初めてワープロで小説を執筆した作家だった(1984年から使用)。愛用のワープロはNECの『NWP-10N』と『文豪』。(私は、『文豪』mini7SD を今も捨てずに持ってます。) 『砂の女』 1962年6月、新潮社 砂漠に新種のハンミョウの採集に向った男が、砂漠の中の村で、寡婦が住む家に一泊するように勧められる。村の家は、一軒一軒、砂丘に掘られた蟻地獄の巣に似た穴の底にあり、梯子で地上との出入りをする。 一夜明けると、梯子は村人により取り外され、男は寡婦と共に穴の中に閉じ込められる。奇妙な同居が始まる。村の家は、常に砂を穴の外に運び出さなければ、砂に埋もれてしまうために人手を求めていた。 村は村長が支配する強権主義的な仕組みがとられていた。男は砂を掻きだす作業をしつつさまざまな方法で脱出を試みるが、徒労に帰す。 結局、女と関係し、女が妊娠する頃には、脱出する気力を完全に失う。女を病院へ連れて行くために掛けられた梯子を村人が外し忘れ、男は穴の外へと出て、海を眺める。 逃げようと思えば逃げられる状況下で、男は「逃げられる(非日常)」でもなく「逃げられない(日常)」でもない、曖昧な自分自身に、埋没してゆく。 1964年映画化、勅使河原宏監督、安部公房脚本 出演:岡田英次(中学校教師・仁木順平) 岸田今日子(寡婦) カンヌ映画祭で審査員特別賞。 「砂の女」1964年公開 監督:勅使河原宏 原作・脚本:安部公房 夜、仁木は砂かきを手伝う。だが仁木には、こんな生活に明け暮れる女がまったく理解できない。「こんなことをしていて、空しいとは思わないのかな。生きるために砂かきをしているのか、砂かきをするために生きているのか…」。女は、此処が自分の家だからと言う。「外へ行ったって、無駄に疲れるだけ…」。 道にこだわりすぎるものは、かえって道を見失う。 ― 『砂漠の思想』 いちばん広い道には、疎外する何者も存在しない。 それ故、多くの人はそれに気づかず、見過ごしてゆく。 ― 無門慧開 仁木順平 失踪宣告 七年以上、生死不明の為、失踪者とする。東京家庭裁判所 ※ 子どもの頃、蟻地獄の巣を見つけると、よくアリさんを放り込んだ。 そのアリさんが、自分自身だったとは、その時分、考えもしなかった。 大分、後になってから、ウスバカゲロウの飛ぶ姿を見ることがあった。 「夢」の一字が、わたしの頭を占領した。 今日もまた通勤電車で揺られ来る 都市雑踏の失踪宣告者 ※ インタビュー談:「僕みたいなモンでも、オリンピックで日の丸を見ると、何故か気分が高揚するんだよね。ありゃー、一体どっから来るのか、探求してみたい気がする」 「作品を構想する時、最初にテーマとなるキーワードを探す。そのキーワードが決まれば、九分どおり作品は構築できている」 「今まで、原稿を切ったり貼ったりしていたけど、ワード・プロセッサーは僕のイメージどおりの物だった。コピー&ペーストで、文章を組み立て直していると、新たな発想を得ることがある」。
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