今日の出来事ロジー

7月19日は、 河合隼雄 の命日です。

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 平成19年3月27日(火)昨日:不二家が山崎パンの傘下入り、創業者一族は退任。

 不二家は、創業一族の藤井家出身の取締役2人が「一身上の都合」として26日付で退任。6月の株主総会の取締役選任では、現在の4人から定款の上限の12人に増やす。これに伴い山崎パンは代表取締役1人を含む6人の取締役を派遣し経営を主導する。山崎パン飯島延浩社長は、近い将来の子会社化を表明。



 3月27日、カトリック作家・遠藤周作が誕生しました。

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 ◇ 遠藤周作(1923.03.27〜1996.09.29)

 12歳でカトリックに受洗。1950年、フランスへ留学。帰国後、その体験をもとに発表した『白い人』で芥川賞を受賞。1958年、『海と毒薬』で新潮社文学賞・毎日出版文化賞受賞、『沈黙』で谷崎潤一郎賞。キリスト教に関する作品が多く、海外での受賞も多い。

 『沈黙』をはじめとする多くの作品が海外で翻訳され高い評価も受けた。ノーベル文学賞の候補にも挙げられたが、授賞には到らなかった。欧州とは異なる彼独特のキリスト教観が一部の人々には受け入れ難く、その妨げになったとも言われる。


 1970年(47歳) ローマ法王庁より騎士勲章を受ける。

 1993年(70歳) 腎臓病で入院、闘病生活が続く。『深い河』を講談社から刊行。

 1996年(73歳) 9月29日逝去。

 2000年 5月13日、長崎県西彼杵郡外海町に「外海町立遠藤周作文学館」開館。

 2005年 1月4日、市町合併に伴い「長崎市遠藤周作文学館」へ名称変更。


 ◇ 『海と毒薬』1958年発表

 日本空襲の際、捕虜になったB29の搭乗員を九州帝国大学医学部において、軍事医学上の実験解剖の試料として使用した事件(九大生体解剖事件)を小説化。神なき日本人の罪意識を問題化した。第5回新潮社文学賞、第12回毎日出版文化賞受賞。1986年、熊井啓が映画化。


 ◇ 『海と毒薬』1986年制作、熊井啓・監督

 「海と毒薬」に衝撃を受けた熊井は、1969年に脚本化し、遠藤から映画化の許可を得た。だが、その内容のためにスポンサー探しが困難を極め、映画化されたのは1986年だった。ベルリン国際映画祭銀熊賞を受賞。


 魅力あるもの、キレイな花に心を惹かれるのは、誰でもできる。
 だけど、色あせたものを捨てないのは努力がいる。
 色のあせるとき、本当の愛情が生まれる。      ― 遠藤周作 ―



 長崎市遠藤周作文学館(長崎県長崎市東出津<しつ>町77 電話 0959-37-6011)
 http://www1.city.nagasaki.nagasaki.jp/endou/index.html


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 「人間がこんなに哀しいのに主よ、海があまりに碧いのです」
               (沈黙の碑に刻まれた言葉)

 キリシタンの里として知られ、遠藤文学の原点と目される小説「沈黙」の舞台にもなった旧・外海町(そとめちょう)に、平成12年開館。遠藤周作の蔵書約7000冊、遺品、作品の原稿、草稿、各種賞状等を収蔵、展示。建物は、五島灘に沈む雄大な夕日や「沈黙」の文学碑がある出津文化村なども一望できる素晴らしい景観の丘に立地する。



 「災難にあう時はあうが良く候、死ぬ時は死ぬが良く候」との良寛の言葉を好んだ遠藤。結核、肝臓、糖尿など数多くの病歴を持ち、死線をさ迷うことも少なからず。病院での体験を通して、病院の意識改革、患者の地位向上に関心を抱き活動した。

 「災難」とは、避けようとするときの謂い。ことさらに避ける事なければ、もとより、この身に「災難」として忌むべきものも無し。病中の遠藤は、自然に平生受容の理を身につけてゆく。

 1996年年4月、慶応病院に最期の入院。9月29日午後6時36分、呼吸不全で死去。柩には「沈黙」と「深い河」の二冊と、愛用の眼鏡、万年筆とが納められた。 合掌。


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 ◇ 東京・府中カトリック墓地に眠る。(パウロ・遠藤周作)

 遠藤の死の直前、顔がパッと輝いた。順子夫人はその握る手を通し「俺は光の中に入って、母や兄と会っているから安心してくれ」というメッセージを受け取ったという。

 ひとつだって無駄なものはないんです。
 ぼくが味わった苦しみ、
 ぼくが他人に与えた苦しみ、
 ひとつだって無駄なものはないんです。

 ※ 人生の意味は、人生が終わるときに、初めて知らされる。
    後悔の少なからん事を祈るのみ。

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遠藤周作氏のご冥福を祈ります。彼は普段、ちょっとふざけているような、冗談ぽいところがありましたが、心の中に熱いものがありました。↑の言葉を私なりに解釈して追記すれば、「沈黙する神に問いかけることが、すなわち信仰である」と。

2007/3/30(金) 午後 7:28 [ kaz*_51** ]


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