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平成19年4月10日(火)昨日:延命治療の開始や中止は患者本人の意思を基本。 初の国の終末期医療指針。細部の要件は先送り。現場の困惑は増すばかり。 今日から、阪神 vs 中日3連戦(甲子園)。 BS2で3連戦を試合終了まで中継。流石、NHK。 1952年4月10日、NHK連続ラジオドラマ『君の名は』が放送開始。 ご存知、脚本家・菊田一夫の代表作。1952年に、ラジオで放送されるや、 「番組の放送時間になると、女湯がカラになる」と言われる程ラジオの前に 人が集まる人気となった。のちに映画化され、主人公のショールの巻き方が 「真知子巻き」と呼ばれ、女性の間で流行した。 1953年12月1日、映画『君の名は』が封切り 『君の名は』第一部〜第三部、1953〜1954年 監督:大庭秀雄 主演:岸恵子、佐田啓二、川喜多雄二 真知子(岸恵子)は東京大空襲の夜、偶然、春樹(佐田啓二)と出会い、数寄屋橋で半年後の再会を約束する。お互いの名前も聞かずに別れた2人。結局1年後に数寄屋橋で再会した時には、真知子は勝則(川喜多雄二)との結婚前夜の身であった・・・。 メロドラマの超大作。全国、北は北海道美幌から南は九州・雲仙までを股にかけ結ばれぬ男女のつかの間の逢瀬やスレ違いが、延々6時間12分も繰り返される。当時一世を風靡し、全国の女性の心を揺さぶったであろう、この映画。ストーリーは全くご都合主義とも言える安直な恋愛物。だからこそ受けた、そんな時代であった。 今日の目で見ると、当時は悲劇のヒロインであった真知子に同情するどころか、あまりの主体性の欠如と意志薄弱さにイラだつことしきりとなる。佐田啓二が職を転々とし、果てはスイスまで転勤しなくてはいけないのも、真知子の夫や姑が非道なのも、アイヌの娘やその元恋人のアイヌ青年が不幸な運命に落ちていくのも、すべての元凶は真知子であった。暗い顔をして、めそめそと終始泣き通しの真知子に、皆が翻弄されていく。その負のエネルギーおそるべし、真知子。 「君の名は」菊田一夫作詞・古関裕而作曲/昭和28年 (台詞)忘却とは 忘れ去ることなり 忘れ得ずして忘却を誓う心の悲しさよ 君の名は……と、たずねし人あり その人の、名も知らず 今日砂山に、ただひとり来て 浜昼顔にきいてみる 夜霧の街、思い出の橋よ 過ぎた日の、あの夜が ただ何んとなく胸にしみじみ 東京恋しや、忘れられぬ 海の涯に、満月が出たよ
浜木綿の、花の香に 海女は真珠の、涙ほろほろ 夜の汽笛が、かなしいか |

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