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7月19日は、 河合隼雄 の命日です。

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4月14日、春の高山祭

 平成19年4月14日(土)昨日:国民投票法案が衆院通過、憲法改正手続きを明文化。



 4月14日〜15日は、【春の高山祭】です。(曜日にかかわらず毎年この日)

 岐阜・高山の日枝神社の祭礼。正式名は高山山王祭。秋の桜山八幡宮例大祭とあわせ、
 総称として高山祭という。日本三大美祭のひとつで、国の重要無形民族文化財です。
 秋の桜山八幡宮例大祭(八幡祭)は、10月9日〜10日に行われます。
 (日本三大美祭 <三大曳山祭り>:京都・祗園祭、埼玉・秩父夜祭、岐阜・高山祭)

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 山王祭は宮川を中心に、市街地南半分の氏神である日枝神社の例祭であり、八幡祭は
宮川以東、北半分の氏神である桜山八幡宮の例祭です。高山祭が日本三大美祭の一つと
言われるのは、「動く陽明門」と形容される絢爛豪華な屋台がある故。すべての屋台は
重要有形民俗文化財に、屋台行事は無形民俗文化財に国指定されています。

 高山祭の起原は定かではないが、金森時代の1586年(天正14年)〜1692年(元禄5年)の
間に始まったもよう。江戸の天下祭、赤坂山王祭や神田明神祭を模して、その後は屋台
だけを残してカラクリ人形を取り入れ絢爛となり、文化・文政期(1804〜1830)に独特の
形を作り出した。

 山王祭の屋台が12基、八幡祭は11基。華やかな屋台はそれぞれに個性的。各々屋台の
屋根の模様や提灯には、それぞれの紋がついており、台紋と呼ばれる。屋台の名称や、
飾り人形、からくりに因んでおり、ユニークなデザインは今日でも新鮮なもの。



 ◇ 金森時代

 天正14年(1586)、金森長近は飛騨国3万3千石の国主として入府、これより金森氏
六代、107年の治世が始まる。関ケ原の戦いでは徳川方について戦い、加増される。

 長近は城の建設を天正16年(1588)から始め、慶長5年(1600)までの13年間で本丸、
二之丸を完成させ、以後3年かけて三之丸を築く。五指に入る見事な城と記録に残る。
城と同時に城下町の工事も行われている。城を取り囲むように高台を武家地とし、一段
低いところ(三町)を町人の町とし、京都になぞられて東山に寺院群を設けた。農民一揆
の対策としては、門徒の多い照蓮寺(現在の高山別院)を高山城と向かい合わせに配置。
宗和流茶道を始め、寺社の再興、様々な文化を興すなど積極的に地域振興を行った。
1692年(元禄5年)、出羽国上ノ山(山形県)に転封となる。

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 ◇日枝神社

 高山市城山に所在。三仏寺城主・飛騨守平時輔朝臣が、ある日狩にでて山野をかけめぐり
片野山中で奇瑞に遭い、永治元年(1141年)に日吉山王を勧請し崇めたのが起原。

 天正14年、金森長近が飛騨を平定して入国するや高山の天神山に築城、片野村の産土神を
現在の地に奉還して高山城の鎮護神として崇めた。

 元禄5年(1692年)、飛騨が天領となってからも、高山陣屋の代官・郡代の尊崇が厚く、
明治以後は県社になり、戦後は金幣社に列せられ、高山市南半分の氏神として市民の崇敬を
あつめている。


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 4月14日、大津・山王祭の「神輿渡御」

 大津・日吉大社の山王祭 (大津市坂本)

 湖国三大祭りのひとつ、日吉大社の山王祭の「午(うま)の神事」が12日の夕方から夜に
かけて大津市坂本5丁目の同大社で営まれた。氏子たちが八王子山(381メートル)の山頂に
ある奥宮に置かれた重さ約1トンの神輿2基を担いで、急傾斜の石段を豪快に降ろしていく
様子に、多くの観衆が酔いしれた。午の神事とは、山頂の牛尾宮と三宮宮に祭られた神様が
神輿に乗ってふもとの東本宮に移り、結婚する様子を表す。

 山王祭は天下太平と五穀豊穣を願う祭りで、13日には若宮誕生の儀式「宵宮落し神事」、
14日は神輿を船に乗せて湖上を渡る「神輿渡御」があり、15日の「酉(とり)の神事」で、
幕を閉じます。

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