|
平成19年5月2日(水)八十八夜:立春から88日目。 「八十八夜の別れ霜」とも言われて、遅霜の時期。一番茶摘みの時期。 夏も近づく八十八夜、ドラ5連敗の「泣き霜」、あゝ。 ドラゴンズ、八十八夜の茶を喫し、ジャイアンツの球団通算5000勝を阻止せん。 ◇ お茶に関する記念日 2月6日【抹茶の日】 5月2日【緑茶の日】 6月1日【麦茶の日】 6月10日【無糖茶飲料の日】 10月31日【日本茶の日】 11月1日【紅茶の日】 11月1日【玄米茶の日】 5月2日は、【エンピツ記念日】です。 1887(明治20)年、眞崎仁六が新宿に「眞崎鉛筆製造所」(現在の三菱鉛筆)を 創立し、日本初の鉛筆の工場生産が始まりました。 ◇【エンピツ記念日】、その根拠は・・・? 5月2日を鉛筆記念日とする、書籍やHPが散見されるが、その根拠とされる 三菱鉛筆株式会社(本社・東京都品川区)が首をかしげている。 記念日は明治時代に眞崎仁六が国内で初めて鉛筆を工場生産した日としている。 しかし同社は創業年を1887(明治20)年とするものの、日付は不明だというのだ。 「毎年この時期になると、社外からの問い合わせがある。いつか、どこかで話が 一人歩きしたみたいで」と、同社広報もとまどうばかりとか。 ◇ エンピツのひと言メモ 鉛筆の長い歴史は興味深い。1560年代に、イギリスで良質の黒鉛が発見されて、細かく切って、使ったのが始まり。静岡県・久能山東照宮博物館には、徳川家康の遺品として1本の鉛筆が展示されている。 オランダ人からの献上品といわれ、現存する国内最古のものとか。伊達政宗の墓所からも約7センチのものが発見されている。日本鉛筆工業共同組合(東京都荒川区)によると、年間の生産量は約4億5000万本。 1本で書ける長さは、50キロにも。基本の六角形は、ころがりにくく、しかも文字が書きやすいのが理由。執筆作業は、鉛筆からパソコンに様変わり。少子化、筆記具の多様化も加わって、生産量は大幅減。しかしどこか温かみが残っている。 ※ 三菱鉛筆は、三菱グループとは一切無関係です。スリーダイヤ・マークの使用は三菱鉛筆の方が先。戦後GHQにも誤解され、商標変更を強要された時、堂々とこれに抗弁した。その当時の鉛筆の外箱には、財閥三菱とは関わり無い旨が記載されていた。
|

- >
- Yahoo!サービス
- >
- Yahoo!ブログ
- >
- 練習用



抹茶好きなので抹茶の日は覚えておきたいかも♪何で2月6日なんだろう。。。
2007/5/7(月) 午後 4:20