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平成19年5月10日(木)昨夜:オリックスが連敗を10で止めた。阪神は連敗を9に伸ばした。 連敗の重圧なのか、長いブランクが災いしたのか、藤川球児が逆転されて9連敗に… 岡田監督の苦悩は、まだまだ続きそう…。でも、明けない夜はない 5月10日は、【二葉亭四迷忌】です。1909(明治42)年の忌日。享年45。 『浮雲』やロシア文学の翻訳で知られる明治の作家。ロンドンからの帰国の 途中、ベンガル湾航行中の船室で逝去。亡骸はシンガポール郊外で荼毘に付す。 ○ 二葉亭四迷(ふたばてい しめい、1864.2.3〜1909.5.10) 近代文学史劈頭を言文一致の名作「浮雲」で飾った。またロシア小説の清新 な翻訳で後進を刺激した。本名は長谷川辰之助。彼は師である坪内逍遥の名を かりる形で「浮雲」第一篇と第二篇を世に出す。この時、師の名を汚すが如き 自らの菲才を恥じ、猛烈に卑下し、「くたばってしめいっ!」と思いつめた。 ここから、二葉亭四迷のペンネームになった。(第三篇は四迷の名で出した) 一説には、文士になると父親に告げると、そんな無頼の徒にする為に、お前 を育てた訳じゃねぇ、勘当だ、何処でなと、くたばってしめいっ!と非道く、 怒られた事に由来するとも。 「浮雲」は、まさに近代的な日本小説の嚆矢。にもかかわらず、二葉亭四迷 という江戸戯作者のようなペンネームは、あまりにも不似合い。鴎外はこれを 評して、「<浮雲 二葉亭四迷作>という八字は珍しき矛盾、稀なるアナクロニ スムとして、永遠に文学史上に残して置くべきものであろう」と記す。 ◇ 『あひゞき』ツルゲーネフ原作 二葉亭四迷訳 (言文一致の文章。今では当たり前過ぎてピンとこないが、当時の人はこれに吃驚した。) 「待ツたか?」ト初めて口をきいた、尚ほ何処をか眺めた儘で、欠伸をしな がら、足を揺(うご)かしながら「ウー?」少女は急に返答をしえなかツた。 「どんなに待ツたでせう」ト遂にかすかにいツた。 「フム」ト云ツて、先の男は帽子を脱した。さも勿体らしく殆ど眉際より、 はへだした濃い縮れ髪を撫でゝ、鷹揚に四辺(あたり)を四顧(みまは)してさて またソツと帽子をかぶツて、大切な頭をかくして仕舞た。 「あぶなく忘れる所よ。それに此の雨だもの!」トまた欠伸。「用は多し、 さうさうは仕切れるもんぢやない、その癖動(やゝ)ともすれば小言だ。トキニ 出立は明日になツた……」 「あした!」ト少女はビツクりして男の顔を視詰(みつめ)た。 「あした……オイオイ頼むぜ」ト男は忌々(いまいま)しさうに口早に云ツた 少女のブルブルと震へて差うつむいたのを見て。「頼むぜ『アクーリナ』泣か れちやアあやまる。おれはそれが大嫌ひだ」。ト低い鼻に皺を寄せて、「泣く ならおれはすぐ帰らう……何だ馬鹿気た――泣く!」 「アラ泣はしませんよ」、トあわてゝ「アクーリナ」は云ツた、せぐり来る 涙を漸くの事で呑み込みながら。暫らくして「それぢや明日お立ちなさるの。 いつまた逢はれるだらうネー」 「逢はれるよ、心配せんでも。左やう、来年――でなければさらいねんだ。 旦那は彼得堡(ペテルブルグ)で役にでも就きたいやうすだ」、トすこし鼻声で 気のなさゝうに云ツて「ガ事に寄ると外国へ往くかも知れん。」 「若(も)しさうでもなツたらモウわたしの事なんざア忘れてお仕舞ひなさる
だらうネー」、ト云ツたが、如何にも心細さうで有ツた。 |

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