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平成19年5月16日(水)昨夜:NTT東のネット接続、14都道県で一時不通。 NTT東のBフレッツ、ADSL、ISDNと、IP電話サービス「ひかり電話」が、またもトラブル。15日午後6時45分ごろから、北海道、東北、北関東など13道県と、23区を除く都内で不通。 16日午前1時頃、ほぼ全面復旧。同社広報室によると、影響があったのは延べ約344万件。 1995年5月16日に、麻原彰晃(松本智津夫)が逮捕されました。 今はすっかり廃人となってしまい、公判に堪えられない状況ですが、一時期は弟子たちに絶対的カリスマ性を誇った男でありました。オウム真理教の旧・信者を笑うことは簡単だが、人間の根源的な愚かさを脱却することは、容易ではありません。 ◇ 松本智津夫と言う男 オウム真理教教祖、「真理の御魂、最聖、麻原彰晃尊師」と自称。信者からは尊師、もしくは、本来ヒンドゥー教の導師を指すグルと呼ばれ、崇拝の対象となっていた。本名は松本智津夫(まつもとちづお)。 1955年3月2日、熊本県八代市の畳職人の家庭に生まれ、片目が不自由だったため、6歳から20歳までを寄宿制の熊本県立盲学校で過ごし、針灸術を学ぶ。1973年3月同校を卒業後、東大受験をめざし、1977年4月東京の予備校に入学した。 1977年頃から仙道やヨガの修行を始める。1978年、船橋市で針灸院を開業。のち漢方薬局経営に転じ、経営は順調だったが、1982年に無許可の医薬品を製造販売したため薬事法違反で逮捕され、罰金刑。 1980年、新興宗教団体・阿含宗に入信。1984年、渋谷区にヨガ道場「オウム神仙の会」を結成。麻原彰晃を名乗り始める。1987年、オウム神仙の会を「オウム真理教」に改称。 空中浮遊などのショーで徐々に信者を獲得。麻原は阿含宗入信で、新興教団のノウハウを習得し、自らも実践した。一時期、阿含宗管長・桐山靖雄の殺害を謀ったこともある。 2000年2月、宗教団体・アーレフとして再出発。旧団体オウム真理教の賠償責任を引継ぎ、旧団体の危険な教義を否定するものの、依然として麻原彰晃のカリスマ性に依存する体質に変りはなかった。 2007年5月、上祐派がアーレフを脱会、新団体「ひかりの輪」を設立。代表は上祐史浩。会見では、「松本智津夫死刑囚の宗教色を払拭し、一から出直したい」と、脱・麻原を強調したが、公安調査庁が実施した立ち入り検査では、「ひかりの輪」の6か所の関連施設から松本智津夫死刑囚の写真や、同人が唱えた呪文の音声ファイルが入ったPCが見つかった。 ※ 私見によれば、およそ固有の存在に全面的に依存する思想は、大いに疑義を懐くべきものだと思う。松本智津夫など言うに及ばず、金日成、毛沢東、スターリン等々、歴史上にうさんくさい人物は枚挙に遑がない。 翻って、イエス、釈迦、マホメットに全てを丸投げして、自己を埋没せしめてしまったら、それは、松本智津夫に誑かされたオウム信者と選ぶところが無いようにも思える。 親鸞覚悟の宣言に曰く、 「たとい、法然聖人にすかされまいらせて、念仏して地獄におちたりとも、さらに後悔すべからずそうろう。その故は、自余の行もはげみて、仏になるべかりける身が、念仏をもうして、地獄にもおちてそうらわばこそ、すかされたてまつりて、という後悔もそうらわめ。いずれの行もおよびがたき身なれば、とても地獄は一定すみかぞかし」 親鸞上人ほどに、真摯に修行した者なればこその表現だと言える。自力を尽くし、自力を放擲した末に、真の絶対他力が現れて、初めて安心できる、と言うことなのか。
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