今日の出来事ロジー

7月19日は、 河合隼雄 の命日です。

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 平成19年5月22日(火) 今日から交流戦が始まります。餌食になるのはドコ?


 ◇ 法然流罪から800年、京都市東山・知恩院で法要営む (2007年5月22日)

 鎌倉時代の初めに浄土宗祖・法然が讃岐(現在の香川県)に流された「建永の法難」から800年。知恩院で22日、「建永の法難800年追恩法要」が営まれました。 御影(みえい)堂で約百人の僧侶が法然の木像を取り囲むように着座。浄土宗の御詠歌を唱える団体「吉水講」の檀信徒三百人が詠唱した。続いて「南無阿弥陀仏」の念仏を唱え、木魚を打ち鳴らした。

 法要には坪井俊映門跡ら浄土宗の僧侶と、浄土真宗本願寺派の不二川公勝総長、真宗本願寺派の長久寺徳瑞参務をはじめ、法然ゆかりの宗派からも僧侶が参加。法要の後、佛教大の福原隆善学長らによる鼎談もあった。 建永の法難は後鳥羽上皇の熊野行幸中、女官の松虫姫と鈴虫姫が申し出た出家を法然の弟子が受け入れたことがきっかけとなった。激怒した上皇は弟子を死罪とし法然や門弟の親鸞を流罪とした。



 1903年5月22日、一高生・藤村操が華厳の滝で投身自殺しました。
 書き残した『嚴頭之感』に魅せられ5年間で180人以上が後追い自殺した。

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 藤村操は第一高等学校生徒。1903年5月22日、日光にある華厳の滝において、傍らの木に『嚴頭之感』を書き残して投身自殺。厭世観によるエリート青年の死は社会に大きな影響を与え、後を追うものが続出。華厳の滝がいまだ自殺の名所として知られるのは、まさに彼の自死ゆえ。

 また、高等学校で彼のクラスの英語を担当していた夏目漱石の精神にも大きな打撃を与え、漱石が後年、鬱病となった一因とも言われている。


 『嚴頭之感』

 悠々なる哉天壌
 遼々なる哉古今
 五尺の小躯を以て此(この)大をはからむとす
 ホレーショの哲学竟(つい)に何等のオーソリチィーを値するものぞ
 万有の真相は唯一言にして悉(つく)す
 曰く「不可解」
 我この恨を懐て煩悶終(つい)に死を決するに至る
 既に厳頭に立つに及んで
 胸中何等の不安あるなし
 始めて知る
 大いなる悲観は大いなる楽観に一致するを。

 ※ホレーショは、シェイクスピアの「ハムレット」の登場人物。
 俗物、俗人にはなかなか真実は見えてこないもの、という意味合い。

 ※オーソリチィー → オーソリティー=権威。


 ○ 『藤村 操』 日本ペンクラブ 電子文藝館編輯室 (以下、要約)
 http://www.japanpen.or.jp/e-bungeikan/guest/essay/fujimuramisao.html


 藤村 操(ふじむらみさお、1886年〜1903年)

 明治36年(1903年)、18歳で日光華厳の瀧壺に投身自殺。傍らの樹木を白く削って書き記した遺書『嚴頭之感』は、追随の多きをおそれた官憲がこれを削除した。 日清戦争後・日露戦争前の大日本帝国が、列強を恐れつつ半島大陸に権益を求めるさなか、此の一青年の自死ほど時代の空気を震撼させた例は古今未曾有と言われた。


 藤村友人の魚住影雄『折蘆遺稿』ほか

「藤村君とは深い交りの歴史はない。然しあの巌頭の感はいかばかり僕の心をうつたであらう。僕の過ぎし日の苦痛は藤村君の外に知りうるものはなく、藤村君の死んだ心は僕の外に察しうるものはないといふ様な感がした。又藤村君は至誠真摯であつたから死に、僕は真面目が足りなかつたから自殺し得なんだのだと思つた。こまかい事はわからぬが、僕は藤村君の煩悶と僕の煩悶とは甚だ似てゐたものだと思ふ心は今もかはらない。羨しき藤村君の死は僕をして慟哭せしめ悶絶せしめた。僕は生れて以来藤村君の死ほど悲痛を感じたことはない。僕は死を求めて得ざるに身を倒して泣いた。かゝる思は数日つゞいた。僕の心は暴風のふきまいた後の様な感じであつた」

 また魚住は、『弔辞』も書いて友の死を哀惜した。「悲惨の事伝りて満都の同情を動し遠近の涙を促ししもの真に故あり道路相伝へて君が辞世の感慨を暗誦しぬ。君をして時代の煩悶を代表せしめし明治の日本は、思想の過渡期に当りて、実に高貴なる犠牲を求めぬ」

 そして藤村自死後一年、再び学友・魚住折蘆は「一高校友会雑誌」に「自殺論」を寄せ、或る意味で画期的な、彼覚了の「前に君国何かあらん、親と兄弟と朋友と何かあらん」の言句を吐き、国是国策である「君」でも「家」でもない、「自我」こそが世界の中心と言い切った。「明治」絶対専制国家へ放ついわば「自我」からの対決の宣明、新時代への変化の宣言であった。(以下、抜粋)

 「至誠の結論は天地の空白虚無を観じて自らこの世界を去つて一切と交渉を断つに至らしむ。この覚了なる、その前に君国何かあらん、親と兄弟と朋友と何かあらん。我れあに父母に乞ひて生れ来らんや、君国に誓ひて生れ来らんや。君国の恩は我等が無垢の児心に小学校教員が刻み込みたる迷信にあらずや。この迷信を脱却し自我本然の純なる中心の声を聞かんがために要せし苦心はそも幾何なりけん。誰かなほ君父の空名を傭ひ来つて死の一念をひるがへさしめんとするや、人の尊厳はその自由にして外物の支配を受けざるにありと悟らずや」


 萬朝報社主黒岩涙香「少年哲学者を弔す」より

 「我国に哲学者なし、この少年に於て始めて哲学者を見る。いな、
 哲学者なきにあらず、哲学のために抵死(ていし)する者なきなり」


 藤村友人で岩波書店創業者岩波茂雄の回想

 「その頃は憂国の志士を以て任ずる書生が、乃公(だいこう=自分)出でずんば創生(=民衆)をいかんせん、といつったやうな、慷慨悲憤の時代の後をうけて、人生とは何ぞや、我は何処より来りて何処へ行く、といふやうなことを問題とする内観的煩悶時代であつた。立身出世、功名富貴が如き言葉は男子として口にするを恥じ、永遠の生命をつかみ人生の根本義に徹するためには死も厭はずといふ時代であつた。

 当時私は阿部次郎、安倍能成、藤原正、三君の如き畏友と往来して、常に人生問題になやんでゐたところから、他の者から自殺でもしかねまじく思はれてゐた。事実、藤村君は先駆者としてその華厳の最後は我々憬れの目標であつた。巌頭之感は今でも忘れないが、当時これを読んで涕泣したこと幾度であつたか知れない」

 ※ 岩波は「死以外に安住の世界がないことを知りながら自殺しないのは、
 勇気が足りないからである」と煩悶したことも書いている。


 藤村と同級であった文学者・野上豊一郎の回想

 「憂鬱の日がつゞいた。それから大学を出る頃まで、
 われわれのクラスは自殺者を三人出した」


 藤村の死んだ同年に一高に入学した藤井武の感慨

 「さながら見知らぬ曠野の中におのれを見いだした人のやうに、怪しき不安が私のうちにきざした。何か深刻な欠乏を私は意識しはじめたのである。しかしながらそれが何であるかは私自身にわからなかつた。たゞ私はさびしくあつた。 何としもなきさびしさが日々の私のうちにつのつた。目にふれ事にふれるもの皆がさびしく感じられた。美しい秋の日の光がさびしかつた。軒にひびく豆腐屋のラッパ、野路にほゝゑむ野花の色、一つとして私にさびしからぬはなかつた。 不安は要求を意味する。アウガスチンのいつたとほり、人のたましひはある処に憩ふまでは平安を得ないのである」

 ※ 人は何者かを求めて已まぬ。願わくば自己の一心に宝珠を獲むことを。

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 ◇ 港区南青山の青山霊園内の藤村家墓地に、「藤村操君絶命辞」碑あり

 表に「藤村操君絶命辞」と題して真筆を拡大した「巌頭之感」の
 文言が、碑陰に次の文章が刻まれている。

 嗚呼此爲藤村操君之碑君夙懷人生不可解之恨
 明治三十六年五月二十二日投日光華厳瀑而自
 絶命臨投自巌頭之大樹而手書終焉辞碑面所刻
 即是也時君年十有八在學第一高等學校文科一
 年茲聞君死不堪痛惜者二百余人相謀建此碑以
 表哀悼之情云
             明治四十二年一月

 嗚呼(ああ)、此れを藤村操君の碑と爲す。君は夙(つと)に人生不可解の恨みを懷き、明治三十六年五月二十二日、日光華嚴の瀑に投じて自ら命を絶てり。巖頭の大樹より投ずるに臨みて終焉の辭を手書す。碑面に刻する所、即ち是なり。時に君、年十有八、第一高等學校文科一年に在學す。茲(ここ)に君の死を聞き痛惜に堪へざる者二百余人、相謀(あひはか)りて此の碑を建て以て哀悼の情を表すと云ふ。


 「書物浪漫 煩悶」 出久根達郎 (中日、2005.08)

 明治36年、夏目漱石は留学中のロンドンより帰国、一高、及び東京帝大文科大学講師嘱託の辞令を受けた。5月13日、一高で初めて英語の授業をした。

 藤村操と言う学生を指名し訳読せよと命じると、予習してきません、と答える。なぜやらぬ、と聞くと、やりたくないから、と答えた。この次はやってきなさい、とたしなめた。一週間後、再び指名したが、やはり予習してこない。 勉強する気がないなら教室に出なくてよい、と言い渡した。その翌々日、藤村は日光華厳の滝に飛び込んだ。滝の傍らの大木の幹に、「厳頭之感」なる遺書が彫り付けてあった。この厳頭之感は当時の若者たちに愛誦された。幹の遺書は、警察がすぐに削ったが、一字だけ残っていた。

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私には、今一つ自殺のメカニズムが分かりません。大雑把に云えば、精神病の一つ欝病が原因ではないでしょうか。昨今では若者に限らず老人も多くなりました。去年、小学校の同窓生(女子)が自殺しました。75歳でした。哀れ、もう少し待てば嬉しい自然死が出来るものを。

2007/5/24(木) 午後 7:28 [ kaz*_51** ]

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今日、藤村操の自殺に関して記事を書きました。勝手乍らTBさせて頂きます。宜しくお願い致します。

2007/12/17(月) 午後 0:04 五節句

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