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5月23日、熊井啓監督が逝去 熊井啓さんが23日午前9時51分、くも膜下出血のため亡くなった。76歳。自宅は東京都調布市深大寺東町。葬儀の日取りや喪主は未定。熊井さんは18日早朝、自宅玄関前で倒れていたところを発見され、都内の病院に運ばれ入院していた。 1954年、日活に入社。久松静児、田坂具隆監督らの作品に助監督を務めた。1964年に、「帝銀事件 死刑囚」で監督デビュー。毒殺事件をドキュメンタリー・タッチで描き出し平沢貞通・死刑囚は冤罪だったと主張。 米占領下に起きた下山、三鷹、松川各事件が米国情報機関の謀略だとする「日本列島」を発表、日本映画監督協会新人賞などを受賞。 1969年の日活退社後、体調を崩しながらも精力的に映画に取り組み、井上光晴氏原作の「地の群れ」、三浦哲郎氏原作「忍ぶ川」などを撮った。山崎朋子氏のノンフィクションを原作とした「サンダカン八番娼館・望郷」では、国策の犠牲となった女性たちの姿を真っ正面から捉え、1980年には、戦後初の日本映画の中国ロケ作品「天平の甍」で鑑真を描いた。 米軍捕虜生体解剖事件を描いた遠藤周作氏原作「海と毒薬」、人肉食事件を通し人間の原罪を問い掛けた武田泰淳氏原作「ひかりごけ」など、社会派的視点から、極限状態での人間存在や、罪と信仰心などを深くえぐり出した。 2001年には、故郷・長野県松本市で起きた「松本サリン事件」を描く「日本の黒い夏 冤罪」を発表。警察の見込み捜査によって犯人視された被害者を、報道がどう描いたのかを追った。黒沢明監督が残した脚本による「海は見ていた」(2002年)が遺作となった。 ※ 「忍ぶ川」は、原作のテイストを忠実に再現して過不足なかった。
何よりも見終わった時の、こころの内がとても温かかったのが印象的だった。 |

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亡くなったのですか・・・不覚にも知りませんでした。「海と毒薬」がとても印象的でした
2007/5/25(金) 午後 11:24
トラバさせていただきました。忍ぶ川もだったんですね。サンダカン八番娼館は思い出しても胸が詰まります。
2007/5/29(火) 午前 7:06