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作家・大庭みな子さん死去 大庭みな子(本名:美奈子)さんが24日午前9時14分、腎不全のため千葉県浦安市の病院で死去、76歳。東京都出身、葬儀は近親者のみ。喪主は夫・利雄氏。 1996年、小脳出血と脳梗塞で半身不随になるが、利雄氏の介護で後述筆記をしていた。5月に入り容体が悪化、緊急入院していた。 夫の転勤で渡米し、米国に暮らす日本人夫婦を主人公にした「三匹の蟹」で1968年に芥川賞受賞。その後、スキャンダラスな人間関係に文明批評を絡めた作品を発表。 1975年、国や社会から一歩距離を置いた人間たちを描いた連作「がらくた博物館」で女流文学賞。人間存在の不確かさを追求した「寂兮寥兮(かたちもなく)」で1982年に谷崎潤一郎賞。1987年には、河野多恵子さんと共に女性では初めての芥川賞選考委員に就任。1991年、日本芸術院会員。 1996年、「赤い満月」で川端康成文学賞を受賞。闘病中の2003年「浦安うた日記」で紫式部文学賞を受賞。利雄氏が大庭さんを介護する日々を綴った手記「終わりの蜜月」も話題となった。 ※ 現在の芥川賞選考委員は高樹のぶ子(61)、山田詠美(48)、そして新加入の 二人川上弘美(49)、小川洋子(45)と、女性4名です。(総員9名) ※ 瀬戸内寂聴について、こんな風に書いている。「瀬戸内晴美は勝手な生き方をした。夫と子供を捨て、若い男と示しあわせて家を出た。生き続けることは、おのれの罪を償うために書くことだった。彼女は黒い罪の塊であるおのれの姿をじっと見詰めて、そのすがた、かたちを写した。晴美さんは出家して寂聴師となり、なお、おのれの罪を償うために書き続けることで生きている」、これは寂聴全集への推薦の言葉である。 ◇ 『浦安うた日記』大庭みな子 (脳梗塞のため半身不随となり、死を見つめつつ夫との共生の日々を歌に託す) いくたりの人を送りしこの花野 今年は吾こそ花野を逝かむ 五十年を夫により添い古稀の身を 夢に漂い浦安に住む 秋の日の思い出なくば秋の恋 思わずむなし花野もなけれ わが脳の奇跡の再生祈りつつ 今日も夢にて筍を植う うらうらと今日またひと日トシといて 幸せなりと涙ぐむわれ 日に三たび食事湯浴みに手洗いと 夫に乞う身のいのちうとまし げにやげに久しく待ちし旅路なれ いざことほがん今日の門出を (辞世) わが妻は呆けてかなし歌忘れ 声しわがれてからすに似たり (大庭利雄)
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