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1986年5月31日、森繁の『屋根の上のヴァイオリン弾き』が閉幕した。 ○『屋根の上のヴァイオリン弾き』の物語り テヴィエとその家族をはじめとして、帝政ロシア領となったシュテットルに 暮らすユダヤ教徒の生活を描いたもの。この作品には19世紀末のシュテットル の様子が良く描かれている。後半、一家の故郷・アナテフカはポグロムの猛威 (ユダヤ人に対する集団的迫害行為、殺戮・略奪・破壊・差別など)におされ 一家は強制退去を命じられる。原作ではイスラエルの地へ帰還するが舞台では ニューヨークに向かう所で話が終わる。 舞台は帝政ロシア末期、ウクライナの貧しい村アナテフカ(ユダヤ人の村)。 革命の波が押し寄せつつある不安定な社会状況、ロシア人によるユダヤ人への 差別と迫害。貧しいながら平和な暮らしを守りつづける主人公テヴィエ一家と 彼らを取り巻く人々が描かれる。 いくつかのテーマを持っているが、ユダヤ人差別は日本人には中々理解され にくい問題なので、伝統的なムラ社会と、家父長制が崩れていく様子に焦点が 当てられている。 主人公のテヴィエには5人の娘がおり、次々と親の反対を押し切り、または しきたりを破り嫁いでいく。「屋根の上のヴァイオリン弾き」で描かれる世界 は暗いが悲愴感はなく、観客の一人ひとりに希望を与えてくれる。しきたりを 破ることは文化を捨てることにつながり、民族のアイデンティティ喪失を意味 する。だから、テヴィエはしきたりに固執するのだが、結局、娘への「愛」に 負ける。「社会」よりも「個」を優先させるが、その根底に親子の愛がある。 これこそが「屋根の上のヴァイオリン弾き」が世界中で受け入れられ、ロング ランをつづけてきた要因だ。ユダヤの「しきたり」は理解し難いが、「愛」は 世界共通。 シリアスな内容だが、笑わせる場面も多い。家族愛を重んじ、頑迷に伝統を 守り抜こうとする男の物語。挿入歌「サンライズ・サンセット」は大ヒット。 ○「屋根の上のヴァイオリン弾き(Fiddler on the Roof)」の語義 フィドラーとはフィドル弾きという意味で、フィドルとはヴァイオリン。 「屋根の上のヴァイオリン弾き」はテヴィエを象徴するもの。 テヴィエの台詞に、「この村に住むユダヤ人は皆、屋根の上のヴァイオリン 弾きみたいなもんだ。落っこちて首の骨を折らないよう気を配りながら、愉快 で素朴な調べをかき鳴らそうとしている。これは中々なことじゃない。なぜ、 そんな危険を犯して住んでいるのかって?そりゃこの村が俺たちの生まれ故郷 だからさ!じゃあ、どうやってバランスを保っているのかって?それは一口で 言えば伝統、しきたり!」 「屋根の上のヴァイオリン弾き」とはユダヤの象徴であり、そしてもう一つ この作品の中では、主人公テヴィエの心の叫びでもある。彼の喜び、悲しみ、 時には、励ましあい、そして憎み合う。幸不幸 ゆるく結んで 綱渡り。 1967年から日本でもミュージカルとして上演され、テヴィエ役は1986年まで 森繁久彌がつとめ、通算900回を数えた。その後、テヴィエ役は西田敏行、 市村正親に移って、今日も上演を継続中。 ◇ 森繁久彌(1913年5月4日生まれ ) 大阪府枚方市出身。旧制北野中学、早稲田第一高等学院卒業後、早稲田大学 商学部中退。舞台俳優、NHKアナウンサーを経て本格的な俳優活動に入る。 NHKアナウンサー時代には、満州電信電話株式会社の放送局に勤務。 満洲映画協会の映画のナレーションなどを手がけ、甘粕正彦とも交流がある。 また満州巡業にきた古今亭志ん生や三遊亭圓生とも親交を結んだ。 『知床旅情』でシンガーソングライターとしてもデビューしている。 『森繁自伝』で日本文芸家協会の推薦を受け、会員となった。通称「爺や」。 徹子の部屋の第一回放送分のゲストが森繁であった。 森繁には、『屋根の上のヴァイオリン弾き』の他に、『佐渡島他吉の生涯』 というロングラン舞台もあったが、こちらは北大路欣也にバトンタッチした。 ◇ 『佐渡島他吉の生涯』の物語り 明治三十八年、日本が日露戦争の連戦連勝に沸きかえっていた頃‥。 アメリカがスペインから奪いとったばかりのフィリピンでは、ベンゲット道路 の建設工事が行われていた。工事は難渋をきわめ、ここに沢山の日本人労働者 も従事していた。この物語の主人公・佐渡島他吉もその一人。「ベンゲットの 他ぁやん」といえば、泣く子も黙る暴れん坊の人夫だった。 ある日、他吉は白人との喧嘩がもとで強制送還を宣告される。他吉にとって 未練はなかったが、からゆきの静子との別れは辛かった。他吉は、白人の二号 の静子にひそかに思いを寄せていたし、静子も他吉を愛していた。 フィリピンにいる間、仕送りはおろか便りの一本も出さなかった他吉が故郷 ・大阪の河童路地にひょっこり帰って来たときの女房・おつるの驚きと喜び。 そんな母親を、父の顔も覚えていない一人娘の初枝がけげんな顔でみつめるの だった。翌年、おつるは幼い初枝を残して死んでしまった。さすがの他吉も心 を入れかえ、朝から晩まで人力車を引いて、男手一つで初枝を育てて行くが、 なにかにつけ相談相手となり、口げんかの相手になるのは、隣に住む落語家の 〆団治であった。 十余年の月日は瞬く間に過ぎ、初枝も桃割れのよく似合う美しい娘に成長し 他吉の知らない間に、桶屋の職人・新太郎と恋仲になっていた。そんなある日 源聖寺坂で客待ちしていた他吉は、初枝が新太郎と今まさに接吻しようとして いる姿を見て逆上するが、二人の情熱に負けて、結婚を許してやるのだった。 それから一年、新太郎は店を構え、初枝も夫婦円満で、他吉にとっては幸せ が続くかにみえたが、新太郎の店が火事で丸焼けになったことから急変した。 借金を返すため、男一匹、身を粉にして働いて来いと、初枝や〆団治の反対を 押し切り、他吉はむりやり新太郎をフィリピンへやる。自分が果たせなかった 夢を新太郎に託したつもりが裏目に出て、新太郎は異国の地で赤痢にかかり、 あっけなく死んでしまう。 初枝は、大きな腹を抱えて寄席のお茶子になって働いていたが、その悲報を 知ると、うちの人を殺したのは、お父ちゃんやでと激しく他吉を責めて絶叫し つづけたが、にわかに産気づいて、他吉を慌てさせるのだった‥‥。 ※ なんとなく、『屋根の上のヴァイオリン弾き』+『無法松の一生』= 『佐渡島他吉の生涯』みたいな、そんな感じでございます。 人に歴史あり、ってゆうかぁ〜、森繁こそ、歴史そのもの。NHKラジオの 「日曜名作座」も長く続き、印象深い語りだった。 逝く人を 見送るばかり 胸つぶれ
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私は,阪妻の『無法松の一生』を映画で見ましたが、森繁の舞台は残念ながら見ておりません。しかし、ラジオのナレーションは絶妙で聞き惚れましたね。いずれまた 見送りし人と 会えるかな
2007/6/1(金) 午後 8:46 [ kaz*_51** ]