今日の出来事ロジー

7月19日は、 河合隼雄 の命日です。

全体表示

[ リスト ]

 1986年5月31日、森繁の『屋根の上のヴァイオリン弾き』が閉幕した。


 ○『屋根の上のヴァイオリン弾き』の物語り

 テヴィエとその家族をはじめとして、帝政ロシア領となったシュテットルに
暮らすユダヤ教徒の生活を描いたもの。この作品には19世紀末のシュテットル
の様子が良く描かれている。後半、一家の故郷・アナテフカはポグロムの猛威
(ユダヤ人に対する集団的迫害行為、殺戮・略奪・破壊・差別など)におされ
一家は強制退去を命じられる。原作ではイスラエルの地へ帰還するが舞台では
ニューヨークに向かう所で話が終わる。

 舞台は帝政ロシア末期、ウクライナの貧しい村アナテフカ(ユダヤ人の村)。
革命の波が押し寄せつつある不安定な社会状況、ロシア人によるユダヤ人への
差別と迫害。貧しいながら平和な暮らしを守りつづける主人公テヴィエ一家と
彼らを取り巻く人々が描かれる。

 いくつかのテーマを持っているが、ユダヤ人差別は日本人には中々理解され
にくい問題なので、伝統的なムラ社会と、家父長制が崩れていく様子に焦点が
当てられている。

 主人公のテヴィエには5人の娘がおり、次々と親の反対を押し切り、または
しきたりを破り嫁いでいく。「屋根の上のヴァイオリン弾き」で描かれる世界
は暗いが悲愴感はなく、観客の一人ひとりに希望を与えてくれる。しきたりを
破ることは文化を捨てることにつながり、民族のアイデンティティ喪失を意味
する。だから、テヴィエはしきたりに固執するのだが、結局、娘への「愛」に
負ける。「社会」よりも「個」を優先させるが、その根底に親子の愛がある。
これこそが「屋根の上のヴァイオリン弾き」が世界中で受け入れられ、ロング
ランをつづけてきた要因だ。ユダヤの「しきたり」は理解し難いが、「愛」は
世界共通。

 シリアスな内容だが、笑わせる場面も多い。家族愛を重んじ、頑迷に伝統を
守り抜こうとする男の物語。挿入歌「サンライズ・サンセット」は大ヒット。

イメージ 1

 ○「屋根の上のヴァイオリン弾き(Fiddler on the Roof)」の語義

 フィドラーとはフィドル弾きという意味で、フィドルとはヴァイオリン。
「屋根の上のヴァイオリン弾き」はテヴィエを象徴するもの。

 テヴィエの台詞に、「この村に住むユダヤ人は皆、屋根の上のヴァイオリン
弾きみたいなもんだ。落っこちて首の骨を折らないよう気を配りながら、愉快
で素朴な調べをかき鳴らそうとしている。これは中々なことじゃない。なぜ、
そんな危険を犯して住んでいるのかって?そりゃこの村が俺たちの生まれ故郷
だからさ!じゃあ、どうやってバランスを保っているのかって?それは一口で
言えば伝統、しきたり!」

 「屋根の上のヴァイオリン弾き」とはユダヤの象徴であり、そしてもう一つ
この作品の中では、主人公テヴィエの心の叫びでもある。彼の喜び、悲しみ、
時には、励ましあい、そして憎み合う。幸不幸 ゆるく結んで 綱渡り。

 1967年から日本でもミュージカルとして上演され、テヴィエ役は1986年まで
森繁久彌がつとめ、通算900回を数えた。その後、テヴィエ役は西田敏行、
市村正親に移って、今日も上演を継続中。


 ◇ 森繁久彌(1913年5月4日生まれ )

 大阪府枚方市出身。旧制北野中学、早稲田第一高等学院卒業後、早稲田大学
商学部中退。舞台俳優、NHKアナウンサーを経て本格的な俳優活動に入る。

 NHKアナウンサー時代には、満州電信電話株式会社の放送局に勤務。
満洲映画協会の映画のナレーションなどを手がけ、甘粕正彦とも交流がある。
また満州巡業にきた古今亭志ん生や三遊亭圓生とも親交を結んだ。

 『知床旅情』でシンガーソングライターとしてもデビューしている。
『森繁自伝』で日本文芸家協会の推薦を受け、会員となった。通称「爺や」。
徹子の部屋の第一回放送分のゲストが森繁であった。

 森繁には、『屋根の上のヴァイオリン弾き』の他に、『佐渡島他吉の生涯』
というロングラン舞台もあったが、こちらは北大路欣也にバトンタッチした。


 ◇ 『佐渡島他吉の生涯』の物語り

 明治三十八年、日本が日露戦争の連戦連勝に沸きかえっていた頃‥。
アメリカがスペインから奪いとったばかりのフィリピンでは、ベンゲット道路
の建設工事が行われていた。工事は難渋をきわめ、ここに沢山の日本人労働者
も従事していた。この物語の主人公・佐渡島他吉もその一人。「ベンゲットの
他ぁやん」といえば、泣く子も黙る暴れん坊の人夫だった。

 ある日、他吉は白人との喧嘩がもとで強制送還を宣告される。他吉にとって
未練はなかったが、からゆきの静子との別れは辛かった。他吉は、白人の二号
の静子にひそかに思いを寄せていたし、静子も他吉を愛していた。

 フィリピンにいる間、仕送りはおろか便りの一本も出さなかった他吉が故郷
・大阪の河童路地にひょっこり帰って来たときの女房・おつるの驚きと喜び。
そんな母親を、父の顔も覚えていない一人娘の初枝がけげんな顔でみつめるの
だった。翌年、おつるは幼い初枝を残して死んでしまった。さすがの他吉も心
を入れかえ、朝から晩まで人力車を引いて、男手一つで初枝を育てて行くが、
なにかにつけ相談相手となり、口げんかの相手になるのは、隣に住む落語家の
〆団治であった。

 十余年の月日は瞬く間に過ぎ、初枝も桃割れのよく似合う美しい娘に成長し
他吉の知らない間に、桶屋の職人・新太郎と恋仲になっていた。そんなある日
源聖寺坂で客待ちしていた他吉は、初枝が新太郎と今まさに接吻しようとして
いる姿を見て逆上するが、二人の情熱に負けて、結婚を許してやるのだった。

 それから一年、新太郎は店を構え、初枝も夫婦円満で、他吉にとっては幸せ
が続くかにみえたが、新太郎の店が火事で丸焼けになったことから急変した。
借金を返すため、男一匹、身を粉にして働いて来いと、初枝や〆団治の反対を
押し切り、他吉はむりやり新太郎をフィリピンへやる。自分が果たせなかった
夢を新太郎に託したつもりが裏目に出て、新太郎は異国の地で赤痢にかかり、
あっけなく死んでしまう。

 初枝は、大きな腹を抱えて寄席のお茶子になって働いていたが、その悲報を
知ると、うちの人を殺したのは、お父ちゃんやでと激しく他吉を責めて絶叫し
つづけたが、にわかに産気づいて、他吉を慌てさせるのだった‥‥。

 ※ なんとなく、『屋根の上のヴァイオリン弾き』+『無法松の一生』=
『佐渡島他吉の生涯』みたいな、そんな感じでございます。

 人に歴史あり、ってゆうかぁ〜、森繁こそ、歴史そのもの。NHKラジオの
「日曜名作座」も長く続き、印象深い語りだった。

 逝く人を 見送るばかり 胸つぶれ

閉じる コメント(1)

顔アイコン

私は,阪妻の『無法松の一生』を映画で見ましたが、森繁の舞台は残念ながら見ておりません。しかし、ラジオのナレーションは絶妙で聞き惚れましたね。いずれまた 見送りし人と 会えるかな

2007/6/1(金) 午後 8:46 [ kaz*_51** ]


よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト『さとふる』
11/30まで5周年記念キャンペーン中!
Amazonギフト券1000円分当たる!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事