今日の出来事ロジー

7月19日は、 河合隼雄 の命日です。

全体表示

[ リスト ]

7月3日、通天閣の日

 平成19年7月3日(火)昨日:北海道、内部告発9件を見過ごす。所謂、なあなあ。



 7月3日は、【通天閣開業記念日】(通天閣の日)


 1912年(明治45)7月3日、大阪市浪速区に初代通天閣が開業しました。

 当時の高さは64メートル。パリのエッフェル塔を模して作られました。
 第二次大戦中に金属献納のため撤去され、1956(昭和31)年に再建された。

イメージ 1

 ◇ 初代通天閣

 1903年(明治36年)に開催された第5回内国勧業博覧会の会場跡地に、
 1912年(明治45年)に「新世界」「ルナパーク」が開業される際、
 その中心にパリのエッフェル塔を模して、初代通天閣が作られました。

 パリのエッフェル塔と凱旋門を模した初代通天閣が、1912年(明治45年)7月3日に、ルナパークと共に建設された。建設費用は約9万7000円、当時の入場料は10銭。64メートルという当時東洋一の高さを誇っていた通天閣は、ルナパークとロープウェーで結ばれており、人々に親しまれていた。

 現在の二代目と同様に塔側面に巨大ネオン広告があった時期があり(1920年に導入)、当時の広告は「ライオン歯磨」。(映画「王将」で見ました。)太平洋戦争中の1943年(昭和18年)に真下にあった映画館・大橋座の火災で通天閣も類焼してしまう。その後、鉄材を「献納」するという名目で、1943年2月13日から塔は解体され、初代通天閣は姿を消しました。

 現在のものは2代目で、設計を担当したのは内藤多仲(たちゅう)氏。同氏は東京タワーを設計したことでも知られる。2代目は、1956(昭和31)年10月28日に再建しました。

イメージ 2

 ◇ 「通天閣」の由来

 「通天閣」という名は、新世界を開発し通天閣を建設した大阪土地建物社長であり、当時の大阪商工会議所会頭を務めていた土井通夫の「通」をとり、「天に通じる高い建物」という意味を込めて付けられたということが定説になっていました。(典型的後付理論)

 1985年(昭和60年)12月、「通天閣30年史」の計画を知った大阪市住吉区の藤沢成太氏が、「名付けたのは私の祖父・藤沢南岳です」との手紙を寄せたことから、命名の由来が明らかになる。 藤沢南岳は、明治維新前夜「朝敵」と目された高松藩の藩論を佐幕から勤王に転換させるなど、政治の舞台で活躍した高名な儒学者。漢籍への精通は当代随一といわれ、あちこちから命名の依頼を受けていました。

 通天閣の命名について、南岳自身が日記などに書き残したものは見当たりませんが、家族の間で語り継がれており、藤沢成太氏の従兄弟にあたる作家・藤沢桓夫氏も「間違いない」と証言しています。 通天閣観光も、「大阪土地建物が命名を頼んでも不思議ではない」と判断し、これで初代通天閣が完成してからのナゾが75年ぶりに解け、空白が埋まることになったのです。(1986年3月25日付朝日)

 通天閣オフィシャル
 http://www.tsutenkaku.co.jp/index.html

イメージ 3

 ※ 今季の阪神タイガースは、Aクラスに入れるやろか、入れんやろか?

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト『さとふる』
11/30まで5周年記念キャンペーン中!
Amazonギフト券1000円分当たる!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事