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平成19年8月6日(月)広島原爆忌:人類史上初の原爆投下から62年。 広島市は爆心地に近い中区・平和記念公園で、午前8時から平和記念式典が営まれ、被爆者や遺族らが犠牲者の鎮魂を祈り、核兵器廃絶を誓う。国内では麻生太郎外相らの核保有論議容認発言や、久間前防衛相が原爆投下を「しょうがない」とした問題発言が相次いだ。 こうした情勢を受け、秋葉忠利市長は平和宣言で、日本政府に「こんな思いを誰にもさせてはならない」という被爆者の気持ちや被爆の実態に目を向け、平和憲法を順守するよう求める。原爆犠牲者とともに、射殺された伊藤一長前長崎市長にも哀悼の意を表す。 安倍首相は昨年9月の就任後、初の式典参列を前に5日、広島入りして被爆者の代表と面会した。被爆者は今年3月末現在、25万1834人。広島市内に住む被爆者7万8111人の平均年齢は、昨年より0.6歳上がって74.1歳となった。 20万人以上の無辜の民の命を奪った広島、長崎への原爆投下は、決して容認することはできない。だが、米国内には、原爆投下を肯定する意見が根強くある。原爆の投下が、戦争終結を促し、日本本土侵攻作戦を回避した結果、多数の米軍兵士の命を救ったというのである。だが、米国は、日本の戦闘能力の喪失を認識しながら、残虐な核兵器を使用した。原爆投下には、ソ連の参戦を阻止する狙いがあり、米国内にそれを裏付ける証言も残されている。 民主党の小沢代表は、党首討論で、原爆投下について、米国に謝罪を求めるよう安倍首相に迫った。首相は、北朝鮮の核の脅威に対抗するためには、「核の抑止力を必要としている現実もある」と答えた。原爆投下は肯定できない。他方、日本は、国の安全保障を米国の核抑止力に頼らざるをえない。これは、戦後日本が背負い続けているジレンマと言える。 ◇ 1990年8月6日、国連安保理がクウェートに侵攻したイラクに対する 制裁を決議しました。 Oh, when will they ever learn? ◇ ショーロホフの『静かなるドン』にコサックの子守歌が引用されている。 あしの葉はどこへいった? 少女たちが刈り取った 少女たちはどこへいった? 少女たちは嫁いでいった どんな男に嫁いでいった? ドン川のコサックに そのコサックたちはどこへいった? 戦争へいった シーガーは、この歌に着想を得て、『花はどこへ行った』を飛行機の中で20分ほどで作った。この時、作られたのは3番までの歌詞だけ。その後にジョー・ヒッカーソンが、短かすぎて盛り上がらないので4番、5番を付け加えた。土着の子守歌が歌われ、それが小説に引用され、そこから歌詞とメロディが作られ、別の人がさらに歌詞をつけ加える。シーガーは言う、「将来、こんな風に世界ができていくと思う。多くの人が自分たちにできる何かを、少しずつ加えて形になって行く」。
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