今日の出来事ロジー

7月19日は、 河合隼雄 の命日です。

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 平成19年8月20日(月)昨夜:ソフトB、対楽天の今季勝ち越しが消滅した。

 <楽天2−1ソフトバンク> 19日 フルキャスト宮城
 ソフトバンクが最終回の粘り届かず、1点差負け。王監督は「せっかくカードのあたまを取ったのに。2つ負けたんじゃなあ」とつぶやいた。これで5カード連続負け越し。今季楽天戦12敗目を喫し、対楽天シーズン勝ち越しが消滅した。恐るべし野村監督。目下、楽天の勝ち星数を記録更新中。楽天は、普通のプロ野球チームになりつつあるようだ。 元・中日の山崎ガンバレ! 関川はどうした?

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 <中日6−3横浜> 19日 ナゴヤドーム
 英智(ひでのり)が1軍に踏みとどまる第1号弾。中田は初の10勝。

 中日は3―3の6回、英智の1号ソロで勝ち越し。7、8回にも1点ずつを加え、リードを広げた。中田は初の10勝に乗せ、岩瀬はリーグ単独トップの32セーブ目。6回に勝ち越しソロ本塁打の英智は「うれしい気持ちはなかった。監督が打席を与えてくれた結果」と淡々と振り返った。

 ミスを挽回する一発だった。前日は工藤攻略の最大の好機に、代打で1球も振らずに3球三振。「負けたのは僕のせい」と敗戦の責任を背負い込んでいた。この日は8月に入って2度目の先発。「だめならファーム。ラストチャンスということだな」と受け止めた。

 それなのに、2回に盗塁死、3回には1死満塁で併殺打。4回には、村田の右中間への飛球を中堅手の森野とお見合い。代打が出されると覚悟した6回の打席だった。今季1号。7回にも貴重な追加点となる適時打を放った。「監督が打席を与えてくれた結果」の思いがにじむ。

 落合監督は「あれがクラ(英智)なんだよな」と首をひねりながら笑った。4カード連続の勝ち越しだが「これから難しい試合が続きます」と続けた。21日からの敵地での巨人戦の後は阪神戦。ペナントを左右しそうな1週間となる。



 8月20日は、高杉晋作の誕生日です。

 ◇ 高杉晋作(1839〜1867)

 萩城下菊屋横丁で、父・小忠太、母・道の子として生まれた。高杉家は200石取り、萩藩の要職につく。17歳で吉田松陰の松下村塾に入門。ひとつ年下の久坂玄瑞と競って勉学し、「高杉は鼻輪も通さぬ放れ牛、久坂は政庁に座らせておけば堂々たる政治家」と称され、松下村塾の双璧と呼ばれた。

 20歳のとき江戸から信州を回って旅し、佐久間象山に見え「外国を見なければならない」と教えられる。そして1862年、藩命により幕府船千歳丸に乗船、上海へ渡航。アヘン戦争に負けた清国の悲惨な姿を具に見聞し、太平天国の乱を目撃し、植民地の実情を観察した。帰国後、藩論を尊攘に転換するため努めるがならず、亡命して尊王攘夷運動に挺身した。

 1863年、長州藩の下関における外国船攻撃に際して起用されたが、報復攻撃にあい敗北。6月、藩命により奇兵隊を組織して総監となり、馬関総奉行として下関防御の任に当たる。奇兵隊の「奇」とは、正規軍に対するもので、庶民も入隊できる有志隊だった。

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 同年8月の政変で長州藩が京都から一掃されると、彼は藩内に高まる武力上洛論に反対し、京都進撃を主張する急進派説得の命令を受けるも失敗。

 1864年、四国連合艦隊の下関砲撃事件が勃発すると善後処理を命じられ、講和条約の正使として活躍し条約を締結。同年の第一次長州征伐に対しては、主戦論を説くが、佐幕派の藩政府に敗れ、九州福岡に脱走、野村望東の平尾山荘に潜伏する。

 12月、奇兵隊等諸隊の決起を促して挙兵する。死を覚悟の挙兵で、「故奇兵隊開闢総督高杉晋作、則ち西海一狂生東行墓」の墓誌を用意した。そしてついに、佐幕派藩政府を相手に勝利を収め、藩論を討幕に統一することに成功する。

 ※ 東行=晋作の号。
   人みな西欧に注視する中、ひとり晋作のみ東行して上海へ渡航す。


 ◇ 吉田松陰の死生観を体す

 「生きて大業をなす見込みがあれば、いつまでも生きよ、死んで不朽の価値があると思えば、いつでも死んだらよい」、松陰の死生観がそのまま、高杉晋作の行動原理となったと言う。伊藤博文が評して曰く、「動けば雷電の如く、発すれば風雨の如し、衆目駭然(驚くさま)として敢えて正視するもの莫し」。


 ◇ 尊敬する人物は、「高杉晋作」

 アジア歴訪中の安倍首相ご自身も、お父様も「晋」の字がつきます。安倍晋太郎、安倍晋三。長州(山口県)では「高杉晋作」は、まさにスパーヒーロー。祖父の岸信介氏も吉田松陰に私淑した。それにしてはだ、安倍首相の優柔不断ぶりは全く頂けない。「動けば鈍亀の如く、発すれば黴雨の如し、衆目愕然として敢えて正視に堪えず」。


 【参照】8月20日、『平凡』『週刊平凡』休刊
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/17601594.html



 「刑務所に入りたい」、52歳が重文の神社に放火(8月19日)

 静岡浅間神社(静岡市葵区宮ヶ崎町)内にある国指定重要文化財の麓山(はやま)神社拝殿に火を付けたとして、静岡中央署は19日、同区出身で住所不定、無職鍋田伊佐夫容疑者(52)を非現住建造物等放火の疑いで緊急逮捕した。

 調べによると、鍋田容疑者は18日午後11時10分ごろ、同神社拝殿の外側にある回廊上で、角材や週刊誌にガソリンをまいて放火し、拝殿の引き戸1枚(約2平方メートル)を焼き、壁や回廊の床を焦がした疑い。不審者防止用センサーの感知で社務所職員が119番通報し、火は約10分後に消火された。けが人はなかった。

 鍋田容疑者は約2時間後、裏山から拝殿近くに現れたところを逮捕され、動機について「路上生活が嫌になり、刑務所に入りたかった」と供述している。鍋田容疑者の同神社への放火は3回目。

 鍋田容疑者は1988年と1993年に同じ回廊で放火、いずれも実刑判決を受け服役した。過去2回とも「刑務所に入りたい」と供述していた。

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