今日の出来事ロジー

7月19日は、 河合隼雄 の命日です。

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8月22日、藤村忌

 平成19年8月22日(水)炎上の中華航空機:燃料配管に破断などのトラブル。


 8月22日は、藤村忌です。1943(昭和18)年の忌日。


 『若菜集』より  島崎藤村

  「初恋」
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まだあげ初めし前髪の林檎のもとに見えしとき
前にさしたる花櫛の花ある君と思ひけり

 やさしく白き手をのべて 林檎をわれにあたへしは
 薄紅の秋の実に 人こひ初めしはじめなり

 わがこゝろなきためいきの その髪の毛にかゝるとき
 たのしき恋の盃を 君が情に酌みしかな

 林檎畑の樹(こ)の下に おのづからなる細道は
 誰が踏みそめしかたみぞと問ひたまふこそ恋しけれ

  「君がこゝろは」

 君がこゝろは蟋蟀の 風にさそはれ鳴くごとく
 朝影清き花草に 惜しき涙をそゝぐらむ

 それかきならす玉琴の 一つの糸のさはりさへ
 君がこゝろにかぎりなき しらべとこそはきこゆめれ

 あゝなどかくは触れやすき 君が優しき心もて
 かくばかりなる吾こひに 触れたまはぬぞ恨みなる

  「傘のうち」

 二人してさす一張の 傘に姿をつゝむとも
 情の雨のふりしきり かわく間もなきたもとかな

 顔と顔とをうちよせて あゆむとすればなつかしや
 梅花の油 黒髪の 乱れて匂ふ傘のうち

 恋の一雨ぬれまさり ぬれてこひしき夢の間や
 染めてぞ燃ゆる紅絹(もみ)うらの 雨になやめる足まとひ

 歌ふをきけば梅川よ しばし情を捨てよかし
 いづこも恋に戯れて それ忠兵衛の夢がたり

 こひしき雨よふらばふれ 秋の入日の照りそひて
 傘の涙を乾さぬ間に 手に手をとりて行きて帰らじ

  「知るや君」

 こゝろもあらぬ秋鳥の 声にもれくる一ふしを 知るや君
 深くも澄める朝潮の 底にかくるゝ真珠(しらたま)を 知るや君

 あやめもしらぬやみの夜に 静にうごく星くづを 知るや君
 まだ弾きも見ぬをとめごの 胸にひそめる琴の音を 知るや君

  「別離」

 人妻をしたへる男の山に登り、其女の家を望み見てうたへるうた

 誰かとゞめん旅人の あすは雲間に隠るゝを
 誰か聞くらん旅人の あすは別れと告げましを

 清き恋とや片し貝 われのみものを思ふより
 恋はあふれて濁るとも 君に涙をかけましを

 人妻恋ふる悲しさを 君がなさけに知りもせば
 せめてはわれを罪人と 呼びたまふこそうれしけれ

 あやめもしらぬ憂しや身は くるしきこひの牢獄(ひとや)より
 罪の鞭責(しもと)をのがれいで こひて死なんと思ふなり

 誰かは花をたづねざる 誰かは色彩(いろ)に迷はざる
 誰かは前に咲ける見て 花を摘まんと思はざる

 恋の花にも戯るゝ 嫉妬の蝶の身ぞつらき
 二つの羽もをれをれて 翼の色はあせにけり

 人の命を春の夜の 夢といふこそうれしけれ
 夢よりもいやいや深き われに思ひのあるものを

 梅の花さくころほひは 蓮さかばやと思ひわび
 蓮の花さくころほひは 萩さかばやと思ふかな

 待つまも早く秋は来て わが踏む道に萩さけど
 濁りて待てる吾恋は 清き怨となりにけり


 2005年、島崎藤村忌(大磯・地福寺)
 http://www11.ocn.ne.jp/~oiso/05touson-report.htm

 2006年、島崎藤村忌(大磯・地福寺)
 http://www11.ocn.ne.jp/~oiso/06touson-rep01.htm

 馬籠 藤村記念館
 http://toson.kisoji.org/


 ※ 高校の夏休みに、「破戒」を読んだ。重苦しい夏になった。島崎藤村とは、社会派のテーマを扱う作家と思っていた。だが、藤村は実に奔放で野放図な人だった。

 ※ このブログを書いたところで、ふと馬籠の藤村記念館に行ってみようと思い立つ。カーナビで検索すると所要時間1時間40分、高速料金2.000円、8時過ぎに出立した。馬籠に近づくにつれ、山また山の山深さ。

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  木曾路はすべて山の中である。あるところは岨(そば)づたいに行く崖の道であり、あるところは数十間の深さに臨む木曾川の岸であり、あるところは山の尾をめぐる谷の入り口である。一筋の街道はこの深い森林地帯を貫いていた。

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 『夜明け前』の冒頭部を思い出す。道も次第に細くなり少々心細かったりしたが、ともかくも無事に着いた。藤村記念館は、馬籠宿の石畳の坂道を登って行ったところにあります。本日は藤村忌と言うことで、普段は上がれない藤村の隠居所の中に入れてもらえました。風通しの良い造りだが、隠居所とはいえ、いかにも狭いものだった。あるいは、藤村好みかも知れない。


 ◇ 西沢山永昌禅寺(臨済宗妙心寺派)

 馬籠宿場の西裏手に永昌寺がある。藤村の『夜明け前』では「万福寺」として登場する寺。この寺の創建者は島崎重通で島崎家の祖先にあたる。本堂には藤原時代の作と伝えられる阿弥陀如来像のほか、円空作の聖観音像がある。寺墓地には島崎家の各墓碑がある。「永昌寺殿昌屋常久居士禅定門」とあるのは当寺創建の島崎重通の墓で、その側には藤村長兄の島崎秀雄夫妻の墓、やや離れて藤村の父島崎正樹の墓がある。

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 永昌寺にて、正午より藤村忌の法要あり。ここには、島崎家代々のお墓がございます。時間前から有縁の方々が集まっておられました。小腹が減ったので、近くのお店に入る。山菜蕎麦を食べたが決して美味くない。コンビニの蕎麦のほうが美味しいのは、一体どうしたことだ。


 【参照】8月21日、祝・飛騨美濃合併130年(馬籠宿)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/17675622.html

 【参照】8月22日、空海が帰国
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/17760767.html

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