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平成19年8月26日(日)埼玉県知事選の投開票:最低投票率記録を更新するか? 最低投票率記録が26年ぶりに塗り替えられるか。自公民相乗りの現職上田清司氏(59)と共産党推薦の前参院議員吉川春子氏(66)の一騎打ちとなっている埼玉県知事選は、夏休み最後の日曜日の26日、投開票されるが、統一地方選、参院選と大型選挙が続き、さらに相乗り選挙の愚劣さ、猛暑の影響などもあって有権者の関心は極めて低い。1981年に千葉県で記録した知事選の最低投票率25.38%を下回るのでは、と囁かれている。 ※ 既に当確の選挙で、ただ投票率のみを戦う選挙なんて余りに愚劣。20%を割ったら選挙への冒涜であり、当選者は恥じ入るべきだろう。 ※ 埼玉知事に上田氏再選、投票率27%、全国3番目の低さ。 8月26日は、「2007・バサラ祭り」です。 「バサラ祭り」は、鎌倉、室町時代に流行した「婆娑羅」のパワーと エネルギーを現代によみがえらせる古都・奈良の新しい夏祭りです。 その熱気と情熱、古都の粋と賑わいが、来るべき21世紀の奈良に向けて 活気と、元気を届ける、奈良オリジナルの祭りでもあります。 日 時:8月25日(土)〜26日(日) 場 所:奈良公園会場 奈良公園県庁前・登大路園地 東会場 小西通り/餅飯殿通り/三条通り 西会場 近鉄西大寺駅南口周辺 大和郡山会場 近鉄郡山駅東・柳町通り 問合せ:バサラ祭り実行委員会 TEL/FAX 0742-27-6700 E-mail basara@m4.kcn.ne.jp ◇ バサラ(=十二神将の一体、伐折羅・婆娑羅・婆沙羅・婆佐羅・時勢粧) そのお姿があまりにも際立って異様だったので鎌倉末期頃から、奇をてらい華美をつくす振る舞いや派手な姿をする伊達者を「ばさら」と呼ぶようになる。(信長の歌舞伎者に通底する)初期室町幕府に重きをなした佐々木高氏は『太平記』で、「ばさら大名」として描かれる。尊氏も『建武式目』の第一条で「ばさら」を禁止するほど。 安倍首相の「戦後レジームからの脱却」よろしく、アンシャン・レジーム(旧体制)を嘲笑り、無道・無体な振る舞いをするようになる。傍若無人にして乱暴狼藉にまで及んだ。独自の美意識を有し、身分秩序を否定し、華美な服装や振る舞いを好んだ。(このへんも独りよがりの「美しい国」に似ているかも)下剋上的行動の一種とされた。近江国(滋賀県)の佐々木道誉(高氏)や土岐頼遠などが世にいう「婆沙羅大名」として知られる。 「バザラ(伐折羅)」は薬師如来を守るため、甲冑に身を固め、憤怒の姿であらわされる十二の護法神「十二神将」の一体です。奈良の新薬師寺の十二神将は制作年代が殆ど天平年間(729〜749年)のもので、芯木に土を盛り付けていく技法で作られた塑像。本堂内に、直径9メートル高さ90センチもの巨大な円形須弥壇があり、その中央に安置された薬師如来の周りを取り囲むように、ほぼ等身大の「十二神将」が外向きに並ぶ。筋肉の起伏などが細やかに表現されています。口をかっと大きく開き、怒髪天を衝くバザラは、郵便切手(500円切手)の図案にもなっています。 ◇ 見解の相違?(新薬師寺の寺伝と文化庁の判断と、相い違う) 伐折羅(バサラ) <文化庁指定名称は「迷企羅」> 迷企羅(メキラ) <文化庁指定名称は「因達羅」> 安底羅(アンチラ) <文化庁指定名称は「伐折羅」> ◇ 俗っぽい話で甚だ恐縮ですが… 新薬師寺で賃金未払い巡り副住職が父の貫主を訴える (2007年8月20日) 「お薬師様」の愛称で親しまれる本尊・薬師如来坐像や「十二神将立像」(いずれも国宝)で知られる新薬師寺(奈良市高畑町)の副住職(62)が、1年分の未払い賃金計720万円の支払いを寺に求める訴訟を奈良地裁に起こしました。同寺の住職にあたる貫主(90)は、副住職の父です。古都・奈良の名刹に心癒やされてきた人も多く、骨肉の争いの行方を心配する声があがってます。 訴状などによると、十二神将立像を巡り、修理の必要性を主張する副住職と、不必要とする貫主の意見が対立。その延長で、「寺院の収益と貫主個人の収入を明確に区別すべきだ」と副住職が主張したことをきっかけに、60万円の月給が昨年7月から1年間、支払われなかった。 副住職は1969年から寺の手伝いを始め、1993年から副住職と隔夜寺(奈良市高畑町)住職を兼任。新薬師寺では本堂でお経をあげるお勤めや、参拝者が持参した朱印帳に寺院名などを墨で書く朱印記帳をしている。副住職としては現在無給で、貯金を取り崩して暮らしているとか。 貫主は「2003年に亡くなった妻の遺産のうち、私の取り分を副住職が独占したから、給料を払うのをやめた。遺産を返せば給料も払う。十二神将立像の修理は、私に文句を付けるために言っているもので、修理の必要はない。裁判のことは弁護士に任せて進める」と反論する。 新薬師寺は747年(天平19)、聖武天皇の眼病が治るように祈願するため、光明皇后が建立した華厳宗の寺。寺名の「新」は「霊験あらたかな」の意味といい、同じ奈良市にある法相宗の薬師寺とは宗派が異なります。 ※ 末世の比丘、衆生済度のその前に 我と吾が身を救い給え 中心市街地の活性化を目指し、市や丸亀商工会議所、商店街など構成する丸亀TMO推進協議会が2000年から開催。年々参加者が増え、今年は駅周辺の7会場で過去最多の約100連の踊りチームが、情熱的なダンスを披露する。25日午後8時からは、丸亀港で約4000発の花火が打ち上げられ、夜空を華やかに彩る。問い合わせは丸亀商工会議所(0877-22-2371)。 今の丸亀市の中心市街地は、江戸時代丸亀藩の城下町でした。この城下町を発展させたのは、藩主の京極氏でした。この京極氏の祖先で「婆娑羅大名」と呼ばれ、脚光を浴びた人物が「佐々木道誉」です。彼は、室町時代の初期に活躍し、足利尊氏を助け、室町時代を支えた実力者でした。自由・狼藉がまかり通っていた時代に、従来の秩序や権威に対して、果敢に挑戦した道誉を「婆娑羅大名」の代表格としました。まるがめ婆娑羅まつりは、中心市街地が「婆娑羅」の気風を受け継ぎ、再び丸亀の顔として、賑わいのある街になることを期待して、名付けたものです。 ※ 中学の修学旅行で奈良に行った時、「婆娑羅将軍」の頭部の像を買った。とても気に入ったので確か三千円ほどしたと思うが、清水の舞台から飛び降りる気分で思い切って買ったものだった。旅行中の所持金の制限もあり、あとのものは殆ど買えなかった。「婆娑羅将軍」はわたしの子ども時分の守り神だったような気がしていた。切手も500円で、やっぱり偉いと思った。 ◇ 新潟県関川村の「大したもん蛇(じゃ)まつり」(26日) 新潟県関川村で26日、「大したもん蛇(じゃ)まつり」が開かれ、竹とわらで作った全長82・8メートル、重さ2トンの大蛇が村内を練り歩いた。40年前の水害を忘れないようにと始まった祭りで、この日は朝から好天に恵まれ、約3時間かけて練り歩いた大蛇がゴールの村役場前に現れると約5000人の観衆から大きな拍手が起こった。
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