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平成19年9月7日(金)昨夜:中日vs巨人、延長12回痛恨の敗北、連覇の夢絶たる。 ※ 名前も知らなかったルーキーに、引導を渡されるなんて… ※ 勝ち星に恵まれないエース、わずか2勝どまりのベテラン、悲しいね。 ※「1-0で勝たなきゃいけないゲーム」落合さん、目がまっかに充血して… 9月7日は、【泉鏡花忌】です。1939年(昭和14年)の忌日。享年66。 ◇ 泉 鏡花(1873年〜1939年) 明治後期から昭和初期にかけて活躍した小説家。戯曲や俳句も手がけた。本名、鏡太郎。金沢市下新町生れ。尾崎紅葉に師事した。『夜行巡査』『外科室』で評価を得、『高野聖』で人気作家となる。江戸文芸の影響を強くうけた怪奇趣味と特有のロマンティシズムで知られる。また近代における幻想文学の先駆者としても評価される。石川県金沢市尾張町の彼の生家跡には、記念館が設けられている。 〒920-0902 石川県金沢市尾張町2-12-7 TEL : 076-222-1025 FAX : 076-222-1040 E-mail :kyouka@city.kanazawa.ishikawa.jp 記念館は、泉鏡花の生家跡(生家は明治の火災で焼失)に建つ木造二階建と土蔵三棟からなる建物を改修して整備されたものです。鏡花が生れ育った当時の町並みの面影を色濃く残す地域にあり、浅野川、主計町茶屋街、ひがし茶屋街と隣接しています。 ◇ 泉鏡花と芸者桃太郎 「夜、鏡花来る。相率て其家に到り、明日家を去るといえる桃太郎に会い、小使十円を遣す」。鏡花の師、尾崎紅葉は明治36年4月の日記にこう記した。 桃太郎は東京・神楽坂の芸者。紅葉一門の新年会で鏡花が見そめ、師に内緒で一緒に住み始めた。それがばれた。十代から育てた一番弟子に、名家から妻を迎えさせようと考えていた紅葉は激怒する。 「彼(鏡花)秘して実を吐かず、怒り帰る」「折檻す」といった記述が残る。そしてついに、桃太郎を家から放逐することに成功、女には当座の生活費10円を与えたというのが、先の日記の趣旨。 紅葉の死後に鏡花が書いた小説『婦系図』に、「何故、芸者を引摺込んで、師匠に対して申訳のないような不埒を働く」 「愛想の尽きた蛆虫め、往生際の悪い丁稚だ。そんな、しみったれた奴は泥賊だって風上にも置きやしない」。 主人公の早瀬主税と芸者上がりの内妻・お蔦を別れさせようと、恩師・真砂町の先生が、女かおれか、どちらかを選べと迫る。主税は鏡花、お蔦は桃太郎、先生が紅葉という図式。 女関係に奔放で、自らも神楽坂の芸者を愛人にしていた紅葉が、鏡花と桃太郎との仲を血相変えてまで裂こうとした真意は、説明のつくものではない。遊びと実生活、恋愛と結婚の区別をつけられず、打算を捨てて芸者風情に打ち込む弟子の姿に、危惧を抱いたのかもしれない。あるいは、ある種の三角関係にあったのではと言う類いの邪推もあるとか。 ◇ 鏡花をとりまく女性たち、母すずと4人の女性 『高野聖』は、峠道を男が登ってゆく物語。途中、蛇が長大に横たわって通せんぼする草むらがあり、山ヒルがどっと降って人血をすする森がある。その奥には「嬢様」と呼ばれる不思議な女がいて、旅の男を性的魅力で誘惑したあげく、馬や猿やヒキガエルの姿に変えてしまう。いったん踏み込むと、常の世界に戻れない魔の回廊だ。峠を目指した男が、ことごとく獣や虫に姿を変えられるなかで、主人公の旅の僧だけが、人間の姿で里に下りてくることができた。人柄や顔かたちを見込まれたのか、ただの気まぐれからか、嬢様に救われたのである。 母の妹で鏡花が父の後妻に望んでいたらしい叔母、鏡花が十代の頃通っていたミッションスクールの米国人女性宣教師、父方の祖母の実家のまたいとこ、初恋の人といわれる近所の時計屋の年上の娘。 共通しているのは、幼くして母を失った男の子を放っておけない母性の強さと芯の強さ。鏡花には、そんな女性に好かれる雰囲気があったようだ。彼女たちを母のように慕い、姉のように頼りにして少年時代を過ごし、作家になってからは、4人の性格や姿が反映した女性像を繰り返し描いた。 『高野聖』の嬢様は、妖艶で母性的という二面性を持っている。女性の理想を追求して鏡花が造形しえた究極の女性像なのだ。『高野聖』が発表されたのは、鏡花26歳の明治33年。この作品で若手作家の第一人者という世評を確立。桃太郎と知り合ったのは、その前年のこと。芸者は男を暗がりへ引きずりこむどころか、より一層の高みに引きあげたように映る。 紅葉の死後、ふたりはまた一緒に住み始め、『婦系図』『歌行燈』など、芸者が登場する名作が生み出され、次第に重要なジャンルをなしてゆく。桃太郎は、創作の女神ミューズの役割を果たした。 大正15年1月5日付読売新聞、「泉鏡花さんが結婚の仕直し」 「籍が入ったので此れから本当の夫婦だなんと思っても可笑しくてしょうがありませんわ。主人が面倒くさがりですし、ついつい今日までなったのですが、ただ子供がないことが此頃、寂しくなりましてね」(すゞ子夫人=桃太郎、本名:伊藤すず、鏡花の母親と同名) 鏡花は彫金師の清次を父に、能の大鼓の家出身であるすずを母に金沢で生まれた。9歳ですずと死別したため、母親を追慕する思いを一生断ち切れず、理想とする女性像を自作中に次々と作り出して見せた。18歳で尾崎紅葉に玄関番として入門、終生、師を神のように崇拝した。 |

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