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◇ タコ部屋だった時津風部屋 (9月26日) 時津風親方、ビール瓶で「殴った」と供述 力士死亡で傷害致死を視野に捜査 大相撲序ノ口力士の斉藤俊さん(17)・時太山が名古屋場所前の6月下旬、愛知県犬山市の時津風部屋宿舎で稽古中に死亡した問題で、師匠の時津風親方(57)元小結・双津竜が愛知県警の事情聴取に対し、死亡した前日に斉藤さんをビール瓶で殴った、と供述していることが分かった。兄弟子数人も殴ったりしたことを認めている。 親方は「暴行ではなく教育の一環だった」と話している。県警は、現在行われている遺体の組織検査などで死因が特定され、死亡との因果関係が認められれば、親方と兄弟子らを傷害や傷害致死容疑で立件することも検討している。 これまでの調べで、斉藤さんは6月25日午前、部屋から逃走して連れ戻された。時津風親方は同日の夕食の席で、斉藤さんの額をビール瓶で殴り、切り傷を負わせた。さらに兄弟子数人が斉藤さんを囲み、殴ったり蹴ったりした。 斉藤さんは翌26日午前、相手を押し込む「ぶつかり稽古」の最中に倒れ、搬送された犬山市内の病院で死亡した。死因は当初、虚血性心疾患(急性心不全)とされたが、遺族のたっての希望による行政解剖で、「多発外傷によるショックが考えられる」とされた。 時津風親方は斉藤さん死亡後の記者会見で、斉藤さんが過去3回、部屋から逃走したことがあったと説明。「厳しい稽古もあるが、制裁ではやらせていない」と話していた。 ◇ 実った両親の思い、新潟大にて行政解剖 立件に向けた動きは、朝青龍問題で揺れる相撲界に新たな衝撃となったが、立件への道筋を付けたのは時太山の御両親の熱い思いだった。 時津風親方は6月28日に記者会見し、制裁目的の暴行や稽古の行き過ぎを否定した上で、「ぶつかり稽古の直後に息が荒くなった。申し訳ないとしか言えない」などと話していたのだが…。 遺族の訴え捜査動かす 時津風部屋の斉藤俊さんが稽古後に急死した問題で、愛知県警は当初「事件性なし」と判断していた。だが、死因に納得できない遺族の声に促される形で本格的な捜査に着手したのだ。 死亡をめぐっては、遺族が強く真相究明を求め、行政解剖が行われた。県警は斉藤さんが多発外傷性ショックで死亡したとみて、時津風親方や部屋の全力士から事情を聴いていた。26日の暴行当時、時天空関、豊ノ島関ら十両以上の力士は不在だったという。 斉藤さんの死亡直後、遺体を確認した同県犬山市の医師は「死因は急性心不全とみられる」との所見を出した。心臓肥大の影響も否定できず、県警は急激な運動などによる事故死との判断に傾きかけた。捜査幹部も「相撲は独特の世界で、稽古やしつけが厳しくなるのもある意味当然だ」と立件に消極的だった。 しかし斉藤さんの遺体を見た両親らは、足にたばこで付けたような数カ所の火傷の痕や耳や額に切り傷、全身に傷があったことから「相撲で出来るような怪我ではない」と考え、新潟大(御両親の地元)に行政解剖を依頼した。そして、多発外傷によるショック死の可能性があるとの結果が出たため、県警は初めて立件に向けて動き始めたのだ。 ◇ 遺体「まるで別人」 急死力士の父「体中に傷」 新潟市出身で大相撲の序ノ口力士、斉藤俊(たかし)さん・時太山が名古屋場所前の6月、稽古中に急死した問題で、時津風親方(57)元小結双津竜が8月上旬に同市内の遺族宅を訪れ、「ビール瓶で殴った」と語っていたことが分かった。父正人さん(50)が朝日新聞の取材に明らかにした。死亡直後の説明は「通常の稽古」との事だったため、正人さんは耳を疑ったという。 正人さんによると、死亡前夜の6月25日夜、ちゃんこを食べながらビールを飲んでいた親方が、空のビール瓶を持った右手を背中の方に水平に振り、右後方に座っていた俊さんのおでこを殴った、との説明だった。「おでこから血がでたが、ティッシュでふいたら止まった」。その夜、兄弟子ら数人が俊さんを取り囲み、暴行を加えたことも認めた。 俊さんが死亡した6月26日夜、葬儀業者が自宅に遺体を運んできた。「付添人もなく、まるで犬や猫みたいだと思った」。バスタオルにくるまれた遺体をみて全身が凍り付いた。顔全体がはれ上がり、鼻、目、口、胸、腕など、体中の至る所が木刀か何かで殴られたように傷だらけだったからだ。 その1週間前、俊さんは部屋を逃げだし、自宅に帰っていた。久しぶりに家の風呂に入れ、たくましく鍛えられた体に目を細めたばかりだった。傷だらけの遺体は、まるで別人だった。 3日後、部屋に戻った俊さんは「もう一度頑張る。もうあまり電話もしないようにする。携帯電話も兄弟子に預けた」と公衆電話から電話してきた。だが、25日早朝、再び自宅に電話があり、「やめたい」。数時間後にもまた電話があり、「おとうさん。僕、いい子になるから迎えにきて。何でも言うこと聞くから。兄弟子が怖い」。悲痛な声が聞こえてきた。 「でも私は『もうちょっとがんばれ』と言ってしまった。『逃げろ』とはいえなかった。私が殺したようなものだ」。 俊さんの遺品の中からは、まっぷたつに折られた携帯電話が見つかった。「なぜ、逃げろ、帰ってこいと言わなかったのか」。正人さんは今も、自分を責め続けている。捜査している愛知県警は近く、親方らを傷害などの疑いで立件する方針を固めている。 ※ 斉藤さんは死亡の5日前、部屋から抜け出して実家の新潟市内に戻り、「稽古が厳しい。上下関係がきつい。辞めたい」などと漏らしていた。その時、父親は「頑張れ」などと励ました。いま、父親はとても後悔している。まさか、相撲部屋でこんな酷い制裁が行われていたなんて。時津風親方の逮捕も時間の問題だろう。 ※ 制裁の末、意識を失った時太山が直ぐに病院に運ばれることはなかった。一時間以上も放置された挙句に、ようやく救急車を呼んだのだ。さらに悪質なことには、時津風親方は火葬を済ませて新潟に送ろうと考えていたのだ。明らかに証拠隠滅の意図が働いている。今後、しばらくは新弟子が入ることはあるまい。時津風部屋のみならず、相撲協会全体の信用が地に堕ちたということだ。 相撲界の余りの旧弊さ、閉鎖性が明るみに出た。これは致命的だろう。 閉鎖的な相撲協会は、元々仲良しクラブ的な隠蔽性が強かった。 批判を許さない北の湖理事長の体質が、角界を汚染しているようだ。 ◇ 二宮清純氏のコラム<北の湖理事長の非民主的姿勢> (09/20) 元NHKアナウンサーの杉山邦博氏(76)が横綱・朝青龍に関する言動で北の湖理事長の指示により日本相撲協会から取材証を没収された一件は物議をかもした。取材証は2日後、杉山氏に返還されたが、この一件を通じて北の湖理事長の強権的、非民主的な姿勢が明らかになった。 没収の理由は「民放情報番組で『朝青龍への処分に対しては弁護士や識者を入れて決めるべきだ』というコメンテーターの発言に杉山さんがうなずいたのは相撲協会批判にあたる」(北の湖理事長)というものだった。「(東京相撲記者クラブの)会友なのに、テレビに評論家として1カ月も出演している。評論家なら取材証はいらないだろう」とも。スポーツ紙には「逆ギレ」との見出しが躍っていた。 日本海の向こうの将軍様のお国で起こったことならいざ知らず、日本相撲協会という一公益法人での出来事ながら、民主主義国家の日本で、まさかこんなことが起きるとは夢にも思わなかった。批判を許さないというのはメディアは必要ないと言っているのに等しい。横暴もここに極まれり、である。 杉山氏は当初「協会批判の覚えはない」と反論したが、「批判をしたとして、では何が悪いんでしょうか」ときちんと言い返すべきだった。国会記者クラブに所属する記者が政治家や政党を批判できなくなったら、この国はどうなるのだろう。 加えていえば、国技をこんな狭量な人物に任せておいていいものだろうか。もっと他にやることがあるだろう。朝青龍問題での手際の悪さはどうだ。今は腹立たしいというより、ただただ空しい。
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