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平成19年11月28日(水)本日:東京地検特捜部、守屋前防衛事務次官を逮捕の方針。 11月28日は、宇野千代の誕生日です。 ◇ 宇野千代(1897〜1996) 山口県玖珂郡(現岩国市)出身。岩国高等女学校(現山口県立岩国高等学校)卒。 教員を経て、1921年(大正10年)『時事新報』の懸賞短編小説に『脂粉の顔』が一等で当選し、作家としてデビューする。 幼い子供を置いて上京。多方面に才能を発揮して、編集者、実業家の顔も持つ。 尾崎士郎、東郷青児、北原武夫と、多くの芸術家との結婚遍歴は波瀾に富み、華やかな生涯を生きた。 著書に、『おはん』、『色ざんげ』、『或る一人の女の話』など。 1983年発表の『生きて行く私』は宇野千代の自伝的小説といわれ、家族や生まれ育った岩国への愛情がうかがえる。 1996年、急性肺炎のため、入院先の東京都港区の虎の門病院で死去。享年98。 ◇ 宇野千代と言えば、「おはん」 宇野千代自身が、『「おはん」は最高の小説です。自分のものも、ほかの方のも含めて、一番だと思っています』と言い切っています。 宇野千代は戦敗の翌年に、この小説を雑誌に発表し始め、完成までに10年を費やした。別段、大長編という訳でもなく、文庫本にして100頁ほどの短編小説である。だがその間に、他の作品は発表していない。宇野千代が、ねりに錬りあげた小説である。1984年に、市川崑で映画化。吉永小百合(おはん)、石坂浩二(幸吉)、大原麗子(おかよ)。 ◇ 宇野千代と言えば、淡墨桜 岐阜県根尾谷の薄墨桜は、昭和24年に、老木起死回生の名手、前田利行翁を中心として、若い山桜の238本の根を継ぐ回生手術が行われ、樹勢を取り戻す。その後、伊勢湾台風の被害により2度目の危機を迎えていたおり、昭和42年4月11日に宇野千代さんがこの地を訪れました。傷ついて死にかかっている老木を見て、「何とかこの樹に花を咲かせたい」と訴えられ、県を挙げての保存活動につながります。根尾の旅館「淡墨の宿 住吉屋」を定宿にして、小説『薄墨の桜』が書かれました。 |

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根尾谷の薄墨桜は、よくぞこれまで生きてくれたと感動しますね。ここには根尾の断層があり、地質学的にも特異な場所なんですね。今はどうなっていますか?
2007/12/1(土) 午後 3:57 [ kaz*_51** ]