今日の出来事ロジー

7月19日は、 河合隼雄 の命日です。

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 平成19年12月20日(木)昨日:韓国大統領選は李明博氏圧勝、10年ぶり保守政権誕生。

 19日の韓国大統領選挙は即日開票の結果、野党ハンナラ党の李明博(イ・ミョンバク)前ソウル市長が大統合民主新党の鄭東泳(チョン・ドンヨン)元統一相らに圧勝。
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 国営KBSテレビと民間のMBCテレビの出口調査によると、李明博氏の得票率は50.3%となった。開票率82%の段階の公式発表によると、李明博氏の得票率は47.8%で、鄭東泳氏は27%だった。李明博氏は支持者に対して「経済の再生」を誓った。

 李明博氏は、20年前の直接選挙制導入後では最大の票差をつけて当選を果たした。韓国に10年ぶりの保守政権が誕生した。投票率はおよそ60%前後と低調で、2002年の約70%を下回った。

 ※ 韓国の大統領選挙では、投票日が休日になります。日本のように休日を選んで投票日にするのではありません。日本で首相選を直接選挙制にして、投票日を休日にすれば、年間休日が2日ほど増えるかも?



 12月20日は、日本初のボウリング場オープンの日です。
 1952年(昭和27年)12月20日、東京青山に「東京ボウリングセンター」が開場。

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 敗戦後の駐留軍基地内では、米兵の娯楽としてボウリング場が設けられていた。それに関心を抱いた増泉辰次氏が、昭和27年12月20日に民間第1号のボウリング場「東京ボウリングセンター」を青山に開業した。

 レーン数は20。コーラやハンバーガー、ホットドックの売店、さらにイタリアン・アイスクリームの場内工場も備えていた。「スポーツ鹿鳴館」を目指して会員制を採用し、中流以上の自由業、ビジネスマンをターゲットに会員を募集し、セレブな社交場であった。しかし、高い年会費が敬遠されて(=3万円。当時の平均月収1万円)、3分の2以上を臨時会員の米軍関係者が占めるありさま。経営は1年足らずで破綻、経営権は第一ホテルへ移りました。

 ※ この当時は勿論、手動式ピンセッター。「ピンボーイ」と言われた裏方さんが、つきっきりでピンをセットしておりました。東京ボウリングセンターでは、2交代50人が働いていました。岩上太郎氏も、ピンボーイだった。

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 ボウリング業界飛躍のきっかけとなったのは、ピンを自動的に並べる「自動式ピンセッター」の導入です。

 昭和36年6月、東京の後楽園ボウリングセンターに初めて登場しました。

 スピーディーにプレーができる自動式ピンセッターは好評を博します。

 1ゲーム250円(当時のビール大ビン1本125円)にもかかわらず後楽園には昼夜の別なく客が押しかけ、5〜6時間待ちになる程の繁盛ぶりだったという。



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 【参考】「ボウリングの日」は、6月22日です。
 最古の記録として、文久元年(1861年)6月22日付の長崎の英字新聞に
 ボウリングの記述があるため、6月22日を「ボウリングの日」とする。
(ボウリング場が長崎の出島に開設された記事。)


 【参照】12月20日、北里柴三郎の誕生日
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/25653639.html

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