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平成19年12月30日(日)昨日:帰省ラッシュ始まるも道路の混雑は少なめ。 年末年始の休暇が始まった29日、故郷で正月を過ごす人たちの帰省も本格化した。おじいちゃん、おばあちゃんとの再会を心待ちにする子どもたちが駅に降り立ち、古里へのお土産を積み込んだ車が高速道路を行き交った。初日の日中は電車も道路も大きな混雑はなく、帰郷する人たちの表情も幾分軽やか。原油価格の高騰を反映してか道路の混雑は少なめで、電車は30日以降が混雑のピークと予想されている。 「帰去来兮(帰りなんいざ)、田園将に荒れなむとす、何ぞ帰らざる」 さあ、帰ろう。故郷の田畑は今まさに荒れ果てようとしている。どうして帰らずにいられようか。これまで私は心ならずも我が心を肉体の召使いにしてしまった。どうして、失望落胆して独りで悲しむことがあろうか。ようやくわが家の門や屋根が見えると私はうれしくなって走りだした。庭の小道は荒れ果てようとしているが、松や菊はそのまま残っている。 天地万物がよい時節を得てうれしく思うにつけて、私の生命がしだいに終わりに近づいたことを感じるのである。ああ、この世に生きながらえているのも、あとどれくらいであろうか。どうして心を自然のままにして、生死を天命にまかせようとしないのか。どうしてあくせくとあわただしくして、一体どここ行こうとするのか。富貴の身分になることは私の願うところではなく、不老不死の仙人の住む世界は望んだところで行かれものではない。よい時節を楽しんで一人で出かけたり、またある時は杖を田につき立てて、雑草を除き、耕したりする。またある時には東方の丘に登って、のんびりと口ずさんだり、清い流れこ向かって詩を作ったりする。ともかくも自然の成り行きにまかせて天命の尽きるのを待とう。この天命を楽しんで、これ以上何を疑うことがあろうか。 陶淵明『帰去来の辞』 ◇ 熱田神宮に大鏡餅の奉納 12月30日は、開高健の誕生日です。 ◇ 開高 健(1930〜1989) 何かを得れば、何かを失う 何ものをも失わずに次のものを手に入れることはできない。(開高 健) 開高健記念会事務局 〒167-0021 東京都杉並区井草4−8−14 Tel & Fax: 03-5303-8621 E-mail: info@kaiko.jp |

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