今日の出来事ロジー

7月19日は、 河合隼雄 の命日です。

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 ◇ 無敗女王・吉田が負けた! 連勝119でストップ

    無名選手によもやの黒星、「わたしが、負・け・た…」

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 女子W杯第1日(19日、中国・太原)女王がやられた! 6カ国が出場して開幕し、6年以上も無敗を続けてきたアテネ五輪55キロ級金メダリスト、吉田沙保里(25)が1次リーグで対戦した米国のマルシー・バンデュセンに0−2の判定で敗れ、連勝記録が「119」で途切れた。   国際大会で敗れるのも初めてで、対外国人選手の連勝も「114」で止まり、日本は3位決定戦に回る。   無敗女王が負けた。そして、泣いた。8月の北京五輪で、もっとも金メダルに近い選手の1人といわれる吉田の大記録が、皮肉にも同五輪が開かれる中国の地でストップした。   他の階級の試合を見ることもなくマットサイドでガックリとうなだれていたが、すべての試合が終わって控室へ戻る前、涙が止まらなくなった。約50分後、「勝てると軽くいってしまったのが悪いと思う」と、こぼれそうな涙を必死にこらえていた。

 第1、2ピリオドとも吉田が攻め、それを返された技での痛恨の失点。微妙な判定の際に行われるビデオチェックの末に、相手のポイントになってしまった。強すぎる日本勢に対し、微妙な技の際に外国人選手に有利な判定が出ることがよくあった。

 ビデオチェックになった時、全日本の栄和人監督(47)=中京女大職=は「まずい」と思ったという。だが、吉田は「返された技とはいえ、負けは負け。タックルを返された自分が悪いと思う」と、言い訳を口にせず、女王の誇りをかいまみせた。
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 吉田が最後に敗れたのは中京女大時代の2001年12月、全日本選手権準決勝。それ以来、吉田は国内外を合わせ、すべての試合で勝ち続けてきた。相手のバンデュセンは昨年の世界選手権に初出場して10位の選手。米国女子でただ1人、五輪出場資格を取れなかった選手だ。吉田は涙声で「まだ北京がある。もっと練習しなければならないことがわかった。北京では絶対に優勝です」。油断大敵。衝撃の敗戦に、身も心も引き締めた。

 マルシー・バンデュセン、「この技を何千回も練習していました」。


 ◇ 吉田沙保里(1982年10月5日、三重・津市生まれ、25歳)
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 レスリングの元全日本選手権王者の父・栄勝さんが主宰する一志ジュニア教室で3歳からレスリングを始める。   三重・久居高−中京女大−綜合警備保障。アテネ五輪55キロ級金メダル。世界選手権5連覇、全日本選手権6連覇。1メートル56。

 ※ 吉田沙保里、彼女の真価が問われるのは、まさにこれから。不用意に「軽くいってしまった」とはいえ、返し技を決められた事実は重くのしかかる。技は極めるほどに、微妙に変化するものだ。

 ※ 禍々し年の初めの大椿事 日没する地の北京の五輪

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大好きな吉田選手、負けは負け、今回はね。
あなたには次も、その次もある。
私の大好きな元女子テニスの女王、ナブラチロワ選手のように、
いつも攻めて攻めて、華麗にリングで闘うあなたをいつまでも
応援し続けます。

2008/2/28(木) 午後 11:03 [ ナブラチロワ ]


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