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【啓蟄】陽気地中にうごき、ちぢまる虫、穴をひらき出ればなり(暦便覧)。 万物が冬の眠りから目覚め、一斉に新たな生命が誕生する。 春生夏長秋収冬蔵(黄帝内経<こうていだいけい>)春は生ず。 平成20年3月5日(水)昨日:4州予備選スタート、クリントン氏巻き返せるか? 米大統領選挙の民主党指名候補争いのヤマ場となるテキサス、オハイオなど4州予備選挙は4日朝(日本時間同日夜)、投票が始まった。投票前日の3日、オバマ上院議員はテレビ番組のインタビューでヒラリー・クリントン上院議員に対し、両州で勝てなかった場合、選挙戦から撤退すべきだと促した。 オバマ氏は「われわれがテキサス、オハイオ両州で勝利すれば、クリントン氏が指名候補になるのは無理だろう。彼女たちはどこまで戦うのか、決断しなければならなくなる」と指摘。指名候補争いが長期化すれば、共和党指名候補の獲得を確実にしているマケイン上院議員との11月本選挙で民主党が不利になるとの考えを示した。またクリントン氏の攻撃戦術を批判し「選挙戦が終わりに近づき彼女はちょっとやけになっている」と述べた。 クリントン氏は3日、「4日が終われば、われわれはペンシルベニア州に向かう。これまではウオーミングアップだ」と、早期撤退の可能性を否定した。クリントン陣営はオハイオ州で敗れた場合でも選挙戦を継続する方針をにじませている。 3月5日は、パゾリーニの誕生日です。 ◇ ピエル・パオロ・パゾリーニ (Pier Paolo Pasolini)(1922〜1975) 1922年3月5日、彼はイタリアのボローニャにて、軍人の家庭に生まれた。父親はムッソリーニの命を救ったことで知られるファシストだったが、母親は感受性豊かな芸術家気質で、夫婦は不和だったと言われる。少年期のパゾリーニは、父の軍務のため北イタリア各地を転々としたため、友人の少ない内向的な性格を帯びる。戦時中は母と二人でフリウリで教師として過ごし、地方の農民が保つ方言と素朴な生活に感化されてフリウリ語の方言詩集を編んだ。 終戦直前に、弟を反独パルチザンの内部抗争で亡くしており、この出来事はパゾリーニの性格と後の作品に大きな影響を与える。1947年、イタリア共産党に入党。アントニオ・グラムシの著作を愛読。しかし同性愛と青年を堕落に誘惑した容疑で教職を免ぜられ、フリウリを追われる。 1949年、ローマの貧民街に移る。窮乏生活を送りながらも1955年に小説『生命ある若者』を発表。作家として名声を得たパゾリーニはアルベルト・モラヴィアらの知遇を得る。この頃から映画関係者とも交流を持つようになり、1955年にソフィア・ローレン主演の『河の女』や1956年フェデリコ・フェリーニ監督の『カビリアの夜』の脚本を共同執筆した。 やがて彼は、映画監督としても頭角を現していく。農村や都市の下層部での生活者の視点から共産思想に共鳴した彼は、この時代に巻き起こった1960年代の世界的な学生運動とも歩調を合わせ、ユーロコミュニズムの代表的存在として積極的な政治活動も行うようになる。 パゾリーニの作品は、ある種独特の雰囲気を醸し出し難解とされ、初期の作品は複雑な台詞と暗喩に満ちていた。辺境の地でのロケーションも特徴のひとつで、『王女メディア』のような独特の作品を生み出した。生の三部作『デカメロン』『カンタベリー物語』『アラビアンナイト』は、興行的に成功するが、商業主義との批判を浴びた。 その後、エッセイ『私は生の三部作を撤回する』で路線の修正を宣言し、極めてセンセーショナルな『ソドムの市』(原題『サロ、またはソドムの120日』)を制作した。 ◇ パゾリーニの死 彼の死は、彼の作品に勝るとも劣らぬセンセーショナルな事件だった。 1975年11月2日、彼はスキャンダラスな死を迎える。 『ソドムの市』を撮り終えた直後のパゾリーニが、ローマ郊外のオスティア海岸で轢死体で発見される。それはパゾリーニ自身の乗用車によるものだった。遺体の損傷は尋常ならざるものがあり、一部メディアには惨状を現す写真が掲載された。(死因は撲殺によるもの) 事件は『ソドムの市』に出演していたエキストラの17歳の少年に、パゾリーニが男色行為を強要して殺されたと断定されたが、遺体の激烈な惨状からネオ・ファシスト、反共主義者、マフィアなどによる暗殺も噂された。 当時犯人として逮捕された男性が、2005年に「犯人は別の3人組。家族に危害を加えると脅されたので罪をかぶった。もう両親も死んだので話せる」として、別の何者かがフィルムを盗んで監督をおびき寄せて殺害したことをインタビューで告白。しかし男性は具体的な犯人像については口を閉ざしており、事件の真相は不明のまま。 パゾリーニの死は多くの人々の関心を惹き、1996年に映画「パゾリーニ・スキャンダル」が製作された。他に「親愛なる日記」「あるイタリアの犯罪」などがあり、ドキュメントでは「パゾリーニ・ファイル」「誰がパゾリーニを殺したか?」「パゾリーニ 夢の論理」などがある。 ※ イエスの生涯を描いた「奇跡の丘」は、宗教関係者らの危惧を裏切るような感動的な出来で1964年度のヴェネツィア映画祭で審査員特別賞と国際カトリック映画事務局長賞を受賞している。パゾリーニに汚名をかぶせて、葬り去ってしまいたい勢力が当時のイタリアには居たと言うことか。 |

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