今日の出来事ロジー

7月19日は、 河合隼雄 の命日です。

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 平成20年3月26日(水)昨日:レッドソックス、延長戦を制す、岡島が勝ち投手。

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 1945年3月26日、硫黄島作戦で日本軍玉砕。

 ◇ 硫黄島玉砕

 米軍は昭和19年8月の時点でサイパン、グアム、テニアン島などを制圧、B29爆撃機による日本本土への長距離爆撃を開始した。一方、大本営は硫黄島の戦略的重要性を認識、小笠原兵団第109師団(栗林忠道陸軍中将)、混成第2旅団(千田貞季陸軍少将)、第27航空戦隊(市丸利之助海軍少将)、軍属、特年兵(少年兵)を含む総数約21.000名を配置した。栗林中将は持久戦にそなえ、島内各所に全長18Kmにも及ぶ地下壕を作りこの戦いに備えた。

 米軍の兵力は、艦船800隻、航空機4.000機、総数25万人。昭和20年2月16日、硫黄島に対して熾烈な艦砲射撃と空爆が開始された。19日にはB−29による空爆と硫黄島沖に集結した艦隊による砲
撃が全島を襲い、硫黄島の南海岸には約130隻の上陸用船艇第一波が上陸した。

 米軍の上陸三日目(2月21日)、八丈島経由で飛来した第二御楯隊は、空母「サラトガ」「ビスマルク・シー」に体当り攻撃を敢行。「サラトガ」は搭載機36機が炎上し約30人が戦死、その後修理の為に本国へ回航され再び戦場には戻れなかった。「ビスマルク・シー」では大火災が発生し約200人が戦死、三時間後に沈没した。

 米軍の上陸六日目(2月24日)、21時頃になって海軍航空隊の一式陸上攻撃機が硫黄島上空に飛来した。敵高射砲の弾幕をかいくぐり、米軍占領地域に六〇瓩陸用爆弾12発を連続して投下した。地上部隊はこの攻撃に感奮して夜襲を敢行、栗林中将は第三航空艦隊・寺岡謹平中将に対して感謝の電報を打電した。「本日の爆撃を深謝す。爆撃の開始されるや敵は周章狼狽し、飛行場に煙幕を張り攻撃は頓挫す。為に我方士気極めて上がれり。今後の続行を期待す。」

 米軍の上陸開始後、急遽潜水艦伊368、伊370、伊44の三隻をもって回天特別攻撃隊千早隊が編成され、2月20日から22日にかけ、順次基地を出撃し戦場に急行したが、そのまま消息を絶った。公報では2月26日沈没とされているが、戦後の米軍記録では2月27日未明、同潜水艦は護衛空母「アンジオ」の搭載機に捕捉され、潜航したものの執拗な追跡・攻撃が続き、遂に硫黄島西方24浬の地点で沈んだ、とされている。

 米軍の偵察記録によれば、この交戦の際に甲板上に回天の姿はなかったと聞く。即ち、既に回天が発進した後であった可能性があり、硫黄島守備隊からも洋上に火柱多数を見たとの報告が来ていた。

 米軍の降伏勧告

 3月16日、米軍は日本軍に降伏勧告状を送った。
「日本軍が硫黄島で示した恐れを知らぬ不撓不屈の精神は、全戦闘員の賞賛に値する。貴下は類まれな戦法で部隊を指揮してきた。われわれは、絶体絶命の状態に追い込まれた勇猛な部隊を完膚なきまでに壊滅するつもりはない。それ故に私は貴下に対し直ちに部下の抵抗を中止させ、我軍の防禦戦を通って安全地帯へ行進してくるよう勧告する。貴下並びに貴下の将兵は、戦争規程に従って人道的に処遇されるであろう。」

 翌日の総攻撃の時点で一万人前後の将兵が生存していたと思われるが、敗戦後も大部分の将兵はゲリラとなって戦い、進んで降伏したものは僅かであった。最終的な捕虜人数、1.033名。

 硫黄島守備隊は持久戦を展開し、圧倒的な兵力を有する米軍上陸部隊に多大な損害を与えた。しかし米軍上陸約一ヵ月後の3月17日、壮絶な戦闘を続けてきた日本軍は、栗林中将から大本営に訣別の電文を打電し、総攻撃を最後に日本軍の組織的な戦闘は終わるが、その後6月末まで日本軍による奮戦は続いた。

 栗林中将の訣別電

 戦局遂に最期の関頭に直面せり、十七日夜半を期し小官自ら陣頭に立ち皇国の必勝と安泰を念願しつつ、全員壮烈なる攻撃を敢行する。敵来攻以来、想像に余る物量的優勢をもって陸海空より、将兵の勇戦は真に鬼神をもなかしむるものがあり。しかれども執拗なる敵の猛攻に将兵相次いで倒れたためにご期待に反し、この要地を敵手にゆだねるやむなきに至れるは、まことに恐懼に堪えず幾重にもお詫び申しあぐ。

 今や弾丸尽き水枯れ、戦い残るもの全員いよいよ最後の敢闘を行わんとするにあたり、つくづく皇恩のかたじけなさを思い粉骨砕身また悔ゆるところにあらず。ここに将兵とともに謹んで聖寿の万歳を奉唱しつつ、永久のお別れを申しあぐ。防備上に問題があるとすれば、それは米国との物量の絶対的な差で、結局、戦術も対策も施す余地なかりしことなり。

 なお、父島、母島等に就いては同地麾下将兵如何なる敵の攻撃をも断固破砕しうるを確信するもなにとぞよろしくお願い申し上げます。終わりに駄作を御笑覧に供す。なにとぞ玉斧を乞う。

 国のために重きつとめを果たし得で 矢弾尽き果て散るぞ悲しき

 (大本営により、「散るぞ口惜し」と改竄された。)

 仇討たで野辺に朽ちじ吾は又 七たび生まれて矛を報らむぞ

 醜草の島にはびこるその時の 国の行く手一途に思う


 戦死

 昭和19年3月22日 組織的戦闘終結
 戦死者20.129名(島民から徴用された軍属82名)。生還者 1.033名。

 米軍の戦死者 6.821名、負傷者 21.865名。合計28.686名という。
 人的損害は、日本軍守備隊の総員を大きく上回っている。


 「バロン西」

 西 竹一陸軍大佐、陸軍戦車第26連隊長
 ロサンゼルス・オリンピックの障害馬術で優勝

 昭和19年6月20日 戦車第26連隊牡丹江より硫黄島へ動員下令。
 昭和19年7月18日 輸送船「日秀丸」で硫黄島に向かう途中、敵潜の雷撃で沈没
          硫黄島に上陸後、補充戦車を含め隊の現地再編を図るが、
          米軍戦車との性能・物量差により苦戦。その後歩兵戦闘に移行。

 昭和20年3月17日、戦死(玉砕)。


 ◇『散るぞ悲しき』梯(かけはし)久美子 (新潮社)

 梯久美子:1961年、熊本県生まれ。5歳から北大卒業まで札幌で過ごす。
 新聞や雑誌でインタビュー記事などを執筆。
 『散るぞ悲しき』で大宅荘一ノンフィクション賞を受賞。


 ◇「特集 戦後60年を読む」丸山健二(『波』2005年8月号)

 本物の感動がひたひたと押し寄せてくる
 梯(かけはし)久美子『散るぞ悲しき ―硫黄島総指揮官・栗林忠道― 』

 軍人としての運命に支配され、硫黄島を死守せよという過酷な命を真正面から受けて立った栗林忠道中将は、大石良雄や上杉治憲らと共に、私のなかでは最も魅力的な人物として位置づけられていた。人間的な人間とは誰か。人間らしい生き方とは何か。そうした人生最大のテーマについて思いを巡らせるとき、日本人のなかではかれらが最も透明度の高い解答となって迫ってくるのだった。

 置かれた状況の全体を冷静に把握する能力と、合理的で実践的で具体的な手だてを次々にくり出せる想像力と、最後の最後までやり遂げてしまう実行力とが突出しており、かてて加えて他人への愛に満ちあふれている、完全に自己を確立した、第一級の人間たち。

 だが、栗林中将について記されたどの本も、結局は戦記物の域を出ておらず、あるいは、男の美学といった、通俗な読み物でお馴染みの安っぽい英雄伝の範囲にとどまり、あるいはまた、書き手の思い入れが過ぎ、答への結び付け方があまりに強引で、結局は三流の読み物に堕してしまっていた。しかも、取材があまりに粗雑で、手間を惜しまなければ簡単に手に入る重大な情報を幾つも落としており、事実のみが秘める幅と奥行きがほとんど感じられないお粗末な出来になっていた。

 ところが、図らずも戦後六十年目の今、女性の書き手によってものされたこの『散るぞ悲しき』はどうだ。梯久美子によって克明に描かれた栗林忠道中将の素晴らしさはどうだ。これこそが、私が長年待ち望んでいた、いや、私の期待をはるかに超越した、人間、栗林忠道になり得ているではないか。

 遠き日々より伝わる英雄像の残骸などでは断じてなく、人間的に過ぎるがゆえに非人間的な戦争の世紀を少しでも真っ当に生きようとし、生涯にわたって良心と他者への思いやりを置き去りにすることができなかった、一個の独立した人間像が放つ、本物の感動が、ページを繰るごとにひたひたと押し寄せてくる。そして、好戦的な富者たちがきっかけを作り、無情な野心に彩られて始められた戦争がいかに愚かしく、いかに空しい行為であるかを、極めて自然な浸透力で悟らせてくれるのだ。

『散るぞ悲しき』から受けた驚きと喜びは、ただ単に、長年にわたって私を魅了しつづけてきた人物がここに初めて描き切れていたというだけの意味合いではない。実は二重の感動を覚えたのだ。

 この世界に首を突っこんで以来、書き手のレベルの低さにずっと失望させられ、これしきの作品が文学に奉られていることに呆れ返りながら、それでも心ひそかに〈まだ見ぬ書き手〉の登場に期待をかけていた。そして近頃では、いつの日かきっと出現するであろうはずの本物の書き手の輪郭がどんどんぼやけ、幻想の方向へと傾きかけていた。

 ところが、意外や意外、想像もしていなかったジャンルから、押しも押されもしない〈まだ見ぬ書き手〉がいきなり飛び出してきたのだ。よもやノンフィクションの世界から驚異の書き手が出現するとは思いも寄らなかった。事実の羅列の隙間を浅い洞察力と、幼稚な気取りで埋めることしか念頭にない、せいぜいその程度でしかなかったジャンルから、これほどまでに質の高い、群を抜いた作品が生まれるとは……。

 抑制され、洗練された硬質な文章は、細部にいたるまで苦心が払われていることなど微塵も感じさせないほどの完成度で、それ自体がもう高度な文学になり得ている。さらには、テーマの重厚さと、構成の巧みさと、絶妙な度合いでほどよく混在した情緒と理性が、この作品を崇高な位置にまで押し上げている。そして全編にみなぎる類稀なる品格は、正真正銘の才能の真価を証明している。

 魂の欠如の時代にあって、非人間的な機構に組み込まれてゆくばかりの衰弱の世にあって、精神の奥まったところで萎縮の一途をたどりつつあった心の星に本来の輝きを取り戻させてくれるこの作品には、近頃では単にその悲惨さを語り継ぐだけの意味しか見いだせなくなった反戦文学を一蹴してしまうパワーとパッションが秘められている。

 自立と自律をめざすことによって飛び散る火花を作品に結晶させようという書き手のデビューと、この傑作は、文学の無尽蔵な宝庫を暗示し、上昇してゆくはずの文学の原理を見事に象徴している。四十年間待った甲斐があった。 (まるやま・けんじ 作家)


 【参照】3月26日、鉄幹忌
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/30404138.html

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