|
平成20年3月31日(月)昨日:市民税など238万円横領、埼玉・志木市係長を懲戒免職。 埼玉県志木市は30日、税金計238万5600円を横領したとして、志木駅前出張所の福田浩平係長(51)を同日付で懲戒免職処分にし、朝霞署に業務上横領容疑で被害届を提出したと発表。 ※ モラル沈没のニッポン。民間に比べてセキュリティー大甘の官公庁のシステム。今どき性善説なんて、言い訳にもならない。道路特定財源で遊興三昧の日々をおくる公僕(public servant)なんて、いらないから、メイド(maidservant)に替えよう。いけない公僕の皆さんは、冥土に逝ってもらいまひょ。 ※ 「一月いく、二月にげる、三月さる」とか。 一日をおくれば一日の、冥土かな あれこれと気はあせれども…年度末 (放送業界は、今日から番組改編) ガス欠のマイカー磨いて、明日を待つ 3月31日は、出久根達郎の誕生日です。 ◇ 出久根達郎(1944年〜) 茨城県行方郡北浦町(現・行方市)生まれ。中学卒業後、集団就職で上京、月島の古書店に勤める。1973年独立し、杉並区で古書店「芳雅堂」を営む。そのかたわら作家デビュー。 1992年、『本のお口よごしですが』で講談社エッセイ賞。1993年、『佃島ふたり書房』で第108回直木賞。読売新聞「人生案内」の回答者の一人。 ※ 出久根達郎氏が勤めた月島の古書店とは、西仲通りの「文雅堂」です。私は何度もお邪魔したことがあった。昔の古書店には、根っからの本好きが多かった。「文雅堂」はその後、店仕舞いをしたが、現在は息子さんが月島1丁目4-5で新たに「文雅堂」を営んでいるようだ。来月早々にでも寄ってみよう。月島駅から徒歩約2分とある。 ◇ 原巨人、今月全敗の屈辱 <ヤクルト10-2巨人>(30日、神宮) 毎回の11安打を放っても2点のみ。オープン戦から続く得点力不足を解消できず、原ジャイアンツが2005年以来の開幕3連敗を喫した。因みにオープン戦は最下位だった。 「安打は出てるんだけどね」と篠塚打撃コーチ。正捕手の阿部を休養で欠きながら、打線は安打を重ねた。だが、得点は三回にこの日唯一の連打となった木村拓の右中間適時二塁打と、五回の李の左中間適時二塁打による2点のみ。打てども打てども本塁は遠かった。 原因は重量打線ゆえの足腰の悪さ。同じ11安打のヤクルトは、積極的な走塁を絡め10点を奪った。対照的に、連打と一発でしか点が取れないのが巨人の強力打線だ。機動力の差が8点差となった現実に、篠塚コーチも「そうだね…」とため息をつくしかなかった。 連日の投壊現象も深刻だ。2-2の六回から栂野の後の吉武が、ガイエルに押し出し四球を与え勝ち越されると、西村健、越智も踏ん張れず3人で計8失点。首脳陣はオープン戦で、救援陣に一度も連投テストをさせなかった。 尾花投手総合コーチは「その影響はあるでしょうね」と認めた。開幕後に吉武が2連投、西村、越智が3連投で打ち込まれた。この日、先発で好投した栂野も、オープン戦での先発機会は1度もなかった。そんな事実を考えると、首脳陣の管理能力に疑問符をつけざるを得ない。 ※ 読売と日テレにとって、開幕戦はあくまでも東京ドームなのだ。4月1日は「上原が初めてマウンドに姿を現し劇的勝利!」という構想だ。ここで低迷する巨人戦視聴率に勢いをつけたい腹づもりなのだ。ただこれは決して原づもりではなかった。神宮での初戦に上原を登板させれば、中日戦にも登板させられるのだから、指揮官としては当然このプランで臨みたかったに違いない。原監督は、視聴率とも戦わなければならないのだ。ストレス高いです。 原監督は「ドームでスタートします」と前を向いた。中継ぎ陣のてこ入れも検討予定だが、1日からはライバルの中日、阪神と6連戦。出だしで沈みかけた巨大戦艦は、再浮上できるのか? 広島は市民球団でもあり、資金面は厳しい。当然、持ち駒も豊富ではない。子飼いの選手もFA権取得で巣立ってゆく。苦しい台所事情があるからこそ、昨夜のような采配となる。地元ファンとすれば当然、長谷川投手に替えて代打が出るものと思っていた。でも、ブラウン監督は動かなかった。結果は無得点だった。そして長谷川はその後、中村に2ランを浴びる。 中国新聞は、こんな風に評している。「2点を追う六回二死一、二塁で長谷川を打席に送った不可解な采配は、中日ファンからも失笑を買った。零封負けの責任は選手ばかりにあるのではない」。落合監督は、「ファンは何とでも言える、責任がないから。監督が決断したことが答えなんだ」とブラウン監督を擁護した。あるいは、今の広島の戦力は、楽天以下なのかもしれない。 ◇「もう少し生きよう桜が美しい」 青木敏子(増殖する歳時記、March 29 2008 ) 桜が美しい、と言いきったこの句のさらなる眼目は、もう少し、にある。あと何回この桜が観られるか、とか、桜が咲くたびに来し方を思い出す、といった桜から連想される思考を経ているのではない。目の前の満開の桜の明るさの中にいるうちに、ふと口をついて出た心の言葉だろう。今を咲く桜は、咲き満ちると同時に翳り始め、散ってゆく。それでも目の前の桜はいきいきと輝いて、作者に素直な感動と力を与えた。何回も繰り返して読んでいるうち、考えて作ったのではなく、感じて生まれたであろうこの句の、もう少し生きよう、という言葉がじんわりしみてくるのだった。 (「愛媛新聞」2007年12月15日付所載、今井肖子) 2007年3月31日、「ポケットベル」のサービスが終了。
|

- >
- Yahoo!サービス
- >
- Yahoo!ブログ
- >
- 練習用



