今日の出来事ロジー

7月19日は、 河合隼雄 の命日です。

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4月12日、空穂忌

 平成20年4月12日(土)昨日:道路特定財源の一般財源化、正式確認。

 ◇ 道路特定財源の一般財源化、大改革か骨抜きか(4月11日23時)

 福田首相が政権の命運をかけて掲げた2009年度からの道路特定財源の一般財源化が11日、政府・与党によって正式に確認された。合意文書には「必要な道路は着実に整備する」とも盛られ、将来骨抜きにされる可能性を孕むものの、首相が「ルビコン川」を渡ったのは間違いない。(朝日)

 一般財源化は小泉、安倍両政権も取り組んだが、道路族などの抵抗でいずれも中途半端に終わっていた。今回実現できれば、自民党政治を転換する大改革になるが、道路族や国土交通省の抵抗は根強い。「今日の会議は、最高の意思決定だ。簡単に撤回することがあれば、それこそ信用を失う」と、首相は記者団に語った。周辺も「これは小泉、安倍両政権もできなかった大改革」 と、息巻く。

 道路特定財源は1954年、財源を優先的に道路整備に充てる制度として始まった。公共事業を分配する見返りに選挙で支援を得る「集票マシン」の側面があった。いわば戦後自民党政治の根幹にかかわる制度と言える。

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 福田首相が2009年度からの一般財源化を打ち出したのは、大改革の目標を先に掲げることで、支持率低迷が続く政権の維持につなげる狙いがある。首相は期限切れとなったガソリン税などの暫定税率を、4月末に衆院で再議決して復活させる方針だ。11日の決定にも関連法案を早期に成立させる方針を明記した。世論に不評のガソリン再値上げに踏み切る環境整備としても、改革の旗を掲げる必要があったのだろう。

 だが、この決定には「骨抜き」の伏線もある。「必要な道路の着実な整備」は、首相が会見の際に配った文書にはなかった。「地方財政に影響を及ぼさない」との文言も加わった。2008年度歳入法案についても、「一日も早く成立させるのが前提」とした。 首相にとって第一関門は6月の「骨太の方針」の閣議決定。ここに一般財源化を盛り込めても、夏の2009年度予算案の概算要求、秋の本格的な税制抜本改革論議と高いハードルが続く。「公約」を果たせなければ、福田政権の致命傷になる。

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 「ルビコン川を渡る」

 古代ローマ共和政時代に、属州ガリアとイタリアとの境をなしたルビコン川。ラベンナ付近でアドリア海に注ぐフィウミチーノ川に比定される。前49年、ポンペイウスとの対決を決意したカエサルが「賽は投げられた」と叫び、元老院令を無視して渡河したという故事で知られ、重大な行動に出る喩えとして「ルビコンを渡る」と用いられる。(元老院にあたるのは、自民党道路族?)

 「グリニッカー橋を渡る」という言い方もあるのですが…

 横山秀夫の『半落ち』で良く知られるようになった表現で、グリニッカー橋とは、東西ベルリンの境界、ベルリンとポツダムの境に架かる橋。ここは東西冷戦時代に、アメリカCIAとソビエトKGBの諜報部員の捕虜交換が行われた橋でした。

 大物スパイや重要な情報を持っていると疑われたスパイは、東独での過酷な取調べのみならず、ソ連側からも拷問や二重スパイの強要等があり、スパイ交換の候補になるかならないかは、捕虜の生死の分かれ目でもあった。『半落ち』では、検察と警察の裏取引に応じるという意味で用いられている。福田首相には、そのような裏取引など、ある筈も御座いません。



 4月12日は、「空穂忌」です。


 ◇ 窪田空穂(1877〜1967)(本名:通治、歌人・国文学者)

 長野県生れ。初期の『明星』に参加したが、1年ほどで離れ小説に力を注いだ。大正期には再び作歌活動に力を入れ、雑誌『国民文学』『槻の木』を創刊して後進を指導した。『まひる野』以下多数の歌集・歌書がある。『万葉集評釈』『評釈伊勢物語』『新古今和歌集評釈』など古典研究の業績も多い。

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 ◇ 長歌「捕虜の死」

 終戦後、ソ連によりシベリアに抑留され亡くなった次男・茂二郎を悼んで詠んだ「捕虜の死」という名高い長歌がある(『冬木原』収録)。「シベリヤの涯なき曠野イルクーツクチェレンホーボのバイカル湖越えたるあなた」と詠いだし「むごきかなあはれむごきかなかはゆき吾子」と締めくくった、最大の長歌。

 戦友のこの悲しきを いかさまに葬りなむか、
 全土ただ大氷塊の 掘りぬべき土のあるなし。

 ダイナマイト轟かしめて、氷塊に大き穴うがち、
 動きうる人ら掻き抱き その中にをさめ隠しつ。

 初夏の日に氷うすらぎ あらはるる屍体を見れば、
 死ぬる日の面形保ち さながらに氷れるあはれさ。

 (中略)

 さあれ思ふ捕虜なる兵は いにしへの奴隷にあらず、
 人外の者と見なして労力の搾取をすなる奴隷をば今に見むとは。

 彼ら皆死せるにあらず ころされて死にゆけるなり、
 家畜にも劣るさまもて 殺されて死にゆけるなり。

 嘆かずてあり得むやは。
 この中に吾子まじれり、むごきかな 
 あはれむごきかな かはゆき吾子

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 ◇ 窪田空穂記念館(長野県松本市和田)
http://www.city.matsumoto.nagano.jp/tiiki/sisetu/hakubutukan/marugotohaku/kubota/index.html

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 生きてわれ聴かむ響かみ棺を深くをさめて土落す時

 鐘鳴らし信濃の国を行かばありしながらの母見るらむか

 亡ぶべくも余りに惜しき魂のこの土の下に埋もると思はむ
 (妻藤野の墓参に際して)

 まつはただ意志あるのみの今日なれど眼つぶればまぶたの重し(辞世)

 あはれまれ生きじと言はしきどっしりとさびしげもなく死にたまいけり
 窪田章一郎(空穂の長男)

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 ◇『われに短歌ありき〜ある死刑囚と窪田空穂〜』(長野放送、2006年)

 長野放送の『われに短歌ありき〜ある死刑囚と窪田空穂〜』は、死刑を目前にして、獄中で出会った短歌に救われた死刑囚の思いがしみじみと伝わる静かな趣のある作品。哀感あふれる作品で、死刑囚と歌人・窪田空穂をはじめ、周囲の人間との関係を考えさせられる。死刑についてのさまざまな論調が感情的に飛び交う昨今、取り返しのつかない罪を犯した死刑囚が周囲の愛情に支えられながら、ここまで変われるんだということが、静かに胸に迫るすぐれた作品。

 短歌の作者は死刑囚である。本名・中村覚。ペンネームを島秋人(あきと→しゅうじん)といった。昭和34年、故郷・新潟で強盗殺人の罪を犯し極刑を言い渡され、昭和42年、33歳で刑を執行された。島は獄中で、犯した罪の深さに向かい合い、逃れられない死の恐怖と対峙しながら、短歌を詠み続けた。凶悪な罪を犯したその同じ人間が紡ぎ出した歌の数々は、今も読む人の心を揺さぶらずにはおかない。

 島に短歌の才能を見出し、励ましつづけたのは長野県松本市生まれの歌人・窪田空穂だった。およそ40年前、二人の間に短歌を通した心の交流があった。その未発表往復書簡が去年、新たに発見され、昨秋、初公開された。書簡で島は、短歌に出会えた喜びをつづっている。その一方、死におびえる島に、空穂は「歌を作りなさい。死ぬことのいやなのは、人間の本能の最も大きいものだ。万人共通の情だ、裸になってそれを表現しなさい」と励ました。

 二人の師弟関係は、空穂が選者を務める新聞の「歌壇」に島が投稿したのがきっかけ。二人の間には5年間にわたって頻繁に手紙や葉書が交わされていた。子供の頃の島は、病弱で学校の成績も悪く、周囲からも疎んじられる存在だったが、空穂の温かい励ましと指導によって、心を素直に表すことができるようになり、秘められていた短歌の才能を開花させていく。

 死に直面しながら苦悩する島の周囲には空穂のほかにも、善意と人間愛に満ちた人々がいた。当時、女学生だった前坂和子さんは、島の短歌に心を打たれて文通を始め、面会に訪れては、四季折々の花を差し入れて、島の心を和ませた。宮城県の千葉てる子さんはクリスチャンで、島に信仰の道に入ることを勧め、角膜や遺体を献納したいという島の願いをかなえてやるため、養母となった。

 そうした人々との交流によって、島は人間的な成長を遂げ、生きることの意味を見出していった。処刑が翌日と決まって、島が遺した最後の歌――。

 この澄めるこころ在るとは識らず来て刑死の明日に迫る夜温し

 処刑の1ヶ月後、「遺愛集」と名づけられた島の歌集が出版された。獄中での歌640首をおさめた「遺愛集」には、空穂が題字と序文を寄せた。一冊の歌集を遺して世を去った青年死刑囚について空穂は「秋人君のこの何年間も持ちえたものは、自身の思念のみであった。この思念は自己の生を大観するものとなり、極悪事の反省となり、悔悟となり、死をもっての謝罪となり、その最後が、現在の与えられている一日、一日の短い生命の愛惜となり、そして作歌となって来たのである。『遺愛集』は将来にも生き、秋人の生命もその作品をとおして息づきゆくものと信じられる」と記している。

 番組では、短歌に救いを見出した死刑囚と歌壇の重鎮との間に交わされた往復書簡やふたりを知る人たちの証言などをもとに、刑務所の高い塀を越えて、どのような心の通い合いがあったのか、人生のどん底にまで落ちたひとりの人間を変貌させたものは何だったのかを探る。ひとりの死刑囚の生涯は、人間の限りない可能性、教育の大切さ、命の尊さを考えさせる。


 ◇ 島秋人『遺愛集』

 うす赤き冬の夕日が壁をはふ死刑に耐えて一日生きたり

 たまはりし処刑日までのいのちなり心素直に生きねばならぬ

 愛に飢ゑし死刑囚われの賜りし菓子地に置きて蟻を待ちたり

 七年の毎日歌壇の投稿も最後となりて礼(あや)ふかく詠む

 この澄めるこころ在るとは識らず来て刑死の明日に迫る夜温し


 【参照】4月12日、「松坂大輔vsイチロー」の日(2007年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/31187157.html

 【参照】松坂、3失点降板、イチローは抑える(2007年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/31226960.html

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