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平成20年4月13日(日)昨日:金本(40)が右前適時打を放ち、2000本安打達成。 金本の自己管理「40歳でも主力選手」→「50歳現役プロジェクト」 阪神の金本知憲(ともあき)外野手が12日、2000安打を達成。足踏みした鬱憤を晴らすように、節目の打球は鋭く右前に弾んだ。現在も4番打者で連続試合フルイニング出場を続けている。球界の常識を覆す肉体は、長年続けてきたウエートトレーニングの賜物。2年前からは医療のサポートを受けた若返り作戦にも取り組んでいる。 2006年6月、親交のあった抗加齢研究の権威、吉川敏一・京都府立医大教授(60)らのサポートで「50歳現役プロジェクト」を始めた。吉川教授は年3〜4回、血液検査を実施して体の状態を把握。金本は助言に従い、抗酸化作用があり、老化防止に効果があるという「アスタキサンチン」などのサプリメントを摂取する。 苦手だったピーマンを含む緑黄色野菜を多めに取り、ビタミンCなど栄養のバランスに苦心した。これにより年齢とともに減少するといわれる成長ホルモンの増加を促し、筋肉を作りやすい体を手にしたという。昨オフには、自己最高レベルだった32歳当時の筋力を取り戻した。吉川教授の検査では、血管年齢も20代前半を維持。動体視力はプロのレーサーと同等というデータが出ている。 4月13日は、「啄木忌」です。 ◇ 石川啄木(1886年〜1912年)(本名は一<はじめ>) 1912年(大正元年)4月13日、詩人・石川啄木没す、享年26。 同郷の友人・金田一京助は、貧窮を極め衰弱し切っている 啄木のために、最後まで金策に走り回ったと言う。 1909年1月1日、当用日記に「今日から24歳」と記す。『スバル』創刊、発行名義人になる。就職活動が実り、3月1日に『東京朝日新聞』の校正係となる。4月3日より、ローマ字で日記を記すようになる。7日より新しいノートで「 ローマ字日記」を記す。ローマ字の記述全文が翻字され公刊されたのは、啄木の死後70年近くを経た1970年代の全集刊行時からである。それまで一部が伏せられていたのは、浅草に通い娼妓と遊んだ件が赤裸々に描写されていたため。彼の借金のほとんどはこうした遊興に費やされ、それが為の貧困であったと、金田一京助の子息・金田一春彦氏は語っていると言う。 4月13日、「老いたる母から悲しき手紙がきた」、「今日は社を休むことにした」、「貸本屋が来たけれど、6銭の金がなかった。そして。『空中戦争』という本を借りて読んだ」と日記にある。 ◇ 「えらばず・きらわず・みすてず〜真宗と死刑廃止〜」(2008年4月13日) 仏教の不殺生の教えに基づいて死刑制度廃止の考えを深めようという集会「えらばず・きらわず・みすてず〜真宗と死刑廃止〜」が13日午後1時半から、京都市下京区花屋町通烏丸西入の大谷婦人会館で開かれました。 「真宗大谷派死刑廃止を願う会」の主催。はじめに松本サリン事件の被害者、河野義行さんが講演。続いて元真宗大谷派教学研究所長の玉光順正師、同派僧侶の谷川修真師らがパネリストとなって討論。問い合わせは同会事務局(053・440・0054)。 |

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