今日の出来事ロジー

7月19日は、 河合隼雄 の命日です。

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 平成20年4月23日(水)昨日:与党、暫定税率30日に再可決、ガソリン値上げ。

 政府・与党は22日、ガソリン税などの暫定税率を元に戻すため、政府提出の税制改正関連法案を30日に衆院の3分の2で再可決する方針を決めた。暫定税率が期限切れのままでは国と地方で年間約2兆6千億円の歳入が不足するため、再可決で道路整備や地方財政への影響を最小限に抑える狙い。これを受け、5月中にガソリン代の値上がりが確実な状況になりました。



 4月23日は、森永ミルクキャラメルの新聞広告の日です。

 1914年(大正3年)4月23日、現在の紙サック入りパッケージでの
 一般販売が始まりました。

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 ミルクキャラメルの販売は、森永製菓の前身の森永西洋菓子製造所が1899年(明治32年)に創業した頃から行われてきたが、現在の商品名になったのは1913年(大正2年)6月10日のこと。発売当初は、高温多湿の日本の気候に合わずキャラメルが溶けてしまい、創業者・森永太一郎が改良を重ねて現在の形となりました。

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 当時の日本人の味覚には合わなかったミルクキャラメル:このキャラメルは、太一郎が11年に及ぶ米国滞在中に習得したソフト・キャラメルの製法を忠実に再現したものでした。米国式のキャラメルはバターやミルクを多量に使うため、ミルクの香りが強く、味も濃厚。乳製品に馴染みの薄かった明治期の日本人には抵抗感のある味でした。(福沢諭吉先生は、お気に入りだった。)

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 初期はブリキ缶に1粒5厘のばら売りで販売されていたが、容器代のためコスト高となり、高級菓子となってしまったため、全く売れなかった。その後、現在まで続く黄色いデザインの紙容器となりました。ミルクキャラメルは森永の全商品中、現在も唯一、昔のエンゼルマークを使用しています。(不朽のパッケージ)

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 お馴染みの黄色い紙サックに入った森永ミルクキャラメルの登場は、1914年(大正3年)3月20日のことでした。ワックス紙に包むことにより、製品の品質保持と衛生面にも配慮しました。初めて販売された場所は、東京の上野公園内で開催された大正博覧会の特設会場でした。来場者向けの、博覧会のお土産用として「ポケット用紙サック入り森永ミルクキャラメル」を売り出したのです。値段は20個入りで10銭。このポケット版の森永ミルクキャラメルはたちまち大好評となり、ほどなく一般販売を開始する運びとなります。

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 1914年(大正3年)4月23日、本格発売に当たり、品質管理の面からも商品回転を早くすることが重要と考え、広告宣伝を徹底します。後々まで続く斬新な広告戦略は、森永ミルクキャラメルの品質を維持する姿勢から生み出されたものだったのです。

 ポケット用ミルクキャラメル「小」(10粒入り5銭)の発売を期に新聞広告も開始。大正3年4月23日に「禁煙を欲せらるる紳士淑女の為に特製ポケット用」というキャッチフレーズで第一号が掲載されました。(この時代に禁煙を提唱する先見性に敬服。)

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 戦後から昭和30年代後半にかけて、森永ミルクキャラメルは爆発的に販売数を伸ばします。当時の広告から、売り上げの好調ぶりが分かります。午前8時から午後8時までの販売数は「1分間に1850個」。1日に作られるキャラメルを積み上げると「富士山の8倍」。1年間に作られるキャラメルを横に並べると「地球を3まわり半」。森永ミルクキャラメルはお菓子の王座へと登りつめたのでした。

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 ※ エンゼルが持っている「TM」は創業者のイニシャルです。

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 ※ 晩年の母は、しきりに森永のミルクキャラメルを買い求めた。自分で食べる以上のものを買ってしまい、抽斗には七、八箱のミルクキャラメルがたまっていた。「キャラメル頂だいね」と言って、良く母のキャラメルを貰って帰ったものだった。そんな母が亡くなった年の文春のベスト・エッセイ集のタイトルが「母のキャラメル」だった。私は3冊購入し、父と兄にも進呈した。

 タイトルになった「母のキャラメル」は、会社社長・西尾威智朗氏のエッセーだった。病弱の母へ滋養のためにと、郷里の老親がキャラメルを送ってくれていた。戦時中の事であり、キャラメルは貴重な品であったろう。「人にキャラメルのこと言っちゃあだめよ。噛んじゃいけない。嘗めてなさい」と母は優しく言って、キャラメルを2粒くれた。母親が食べることはなかった。

 小学校六年生だった西尾氏は、母の遺品の柳行李を開ける。一番上に文箱があり、手紙が入っていた。手紙の下には、森永のミルクキャラメルが3箱あった。氏は、キャラメルを頬張りながら母の手紙を読み、母の枕元にキャラメルを1ヶ置くと、「お母さーん」と呼んだ。悲しみに耐えながら、暗くなるまでキャラメルを食べ続けた。三ヵ月後、戦争が終わった。

 ※ 今朝、買い物に出かけると、レジのところに森永のミルクキャラメルが置かれているのに気づき、思わず買い求めた。懐かしい味だ。母は、森永のミルクキャラメルに何を求めていたのだろうか。母が最後に引き出しに残していた森永のミルクキャラメルは、今も冷蔵庫の中で眠っています。


 ◇ 6月10日は、「ミルクキャラメルの日」

 1899年創業当時の商品名は単に「キャラメル」でした。資料によれば「大正2年6月10日、ミルクキャラメル10斤缶発売、従来のキャラメルの名称に初めてミルクの冠詞を付ける」とあります。「キャラメル」から「ミルクキャラメル」になった6月10日は、世代を超えた多くのお客様の思い出と一緒に愛され続けているミルクキャラメルの記念日。この日をミルクキャラメルを通じ、懐かしい思い出を語り合う日として、「ミルクキャラメルの日」と命名させていただきました。(MORINAGA)


 【参照】4月23日、サン・ジョルディの日
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/31639786.html

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2008/4/23(水) 午前 4:04 [ 11 ]


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