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◇ 2008年『ラフマニノフ ある愛の調べ』(パーベル・ルンギン監督) 予告編 この愛が、旋律となる。 「逢びき」、「シャイン」から「のだめカンタービレ」まで。 天才作曲家・ラフマニノフ(1873年-1943年)の、音楽史に名を刻む「あの名曲」誕生に秘められた物語が、今紐解かれる。 1920年代、N.Y.カーネギーホールではひとりの男に惜しみない拍手が送られていた。その男とは、数々の難曲を生み出し、超越的な技巧で自ら演奏をこなす“ピアノの魔術師”と呼ばれた20世紀最大の作曲家、セルゲイ・ラフマニノフであった。混乱のロシアから亡命し、アメリカで成功したラフマニノフだったが、やがて作曲に行き詰まり日に日に憔悴していく。そんなある日、彼の元に贈り主不明の白いライラックの花束が届く。その甘い香りを嗅いだ瞬間、かつての情熱的な恋の記憶が蘇る。姿を現わさない花の贈り主に、次第に心を馳せ始めたラフマニノフの中には、再び一つの旋律が生まれつつあった――。 2008年G.W. Bunkamuraル・シネマ、銀座テアトルシネマ、他にて全国順次公開。 Rachmaninov 「Elegy」 by Rachmaninov Rachmaninov 「Elegy」 Rachmaninov 「Elegy」in e flat minor Rachmaninov 「Elegy」 by Talin Rachmaninov 「Elegy」 Rachmaninov 「Elegy」 by Sofya Gulyak ◇ セルゲイ・ラフマニノフ Sergey Vasilievich Rachmaninov(1873年〜1943年) 1918年、ロシア革命を逃れてアメリカに移住。カーネギーでの演奏会で喝采を浴び、演奏旅行に出かける。だが、故国への想いと作曲の苦悩から衰弱してゆく。 彼はピアニストのなかでも巨大な手の持ち主で、12度の音程を左手で押さえることができたと言われている(小指でドの音を押しながら、親指で1オクターブ半上のソの音を鳴らすことができた)。また指の関節も非常に柔軟で、右手の人指し指、中指、薬指でドミソを押さえ、小指で1オクターブ上のドを押さえ、さらに余った親指をその下に潜らせてミの音を鳴らせたという。
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