今日の出来事ロジー

7月19日は、 河合隼雄 の命日です。

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5月13日、花袋忌

 平成20年5月13日(火)昨日:亡国の「常用漢字表」、“官制母国語”の悲喜劇。

 「鶴」「亀」「尻」、常用漢字の追加候補220字を公表:四半世紀ぶりの常用漢字表の見直しに取り組んでいる文化審議会国語分科会の漢字小委員会が12日、常用漢字に新たに加える可能性がある候補の素案として220字を公表。これをたたき台として議論を重ね、2010年に新常用漢字表の制定をめざします。
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 ※ 尺貫法は、昭和34年にメートル法に統一され、現在では使ってはいけないものとされていますが、勺(しゃく=1合の1/10)、斤(きん=160匁、約600g)、匁(もんめ、1貫の1/1000、約3.75g)、などは、いま現在も「常用漢字表」に堂々と入っております。フーテンの寅さんが境内でクジラ尺やカネ尺を売っていたら警官からお咎めを受けてましたが、「常用漢字表」はお咎めナシなんでしょうか? さすがに改訂版では、はずす方向で検討するらしい。
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 ※ 「虎」も候補にのぼり、タイガース・ファンは大喜び?



 5月13日は、「花袋忌」です。

 ◇ 田山花袋(1872年〜1930年)(本名:録弥 <ろくや> )

 「蒲団」「田舎教師」などで自然主義派の作品を発表、紀行文にも優れる。

 1907年(明治40年)に、中年作家の女弟子への複雑な感情を描いた「蒲団」を発表。女弟子に去られた男が、彼女の使用していた蒲団に顔をうずめて匂いを嗅ぎ、涙する描写は、読者、さらに文壇に衝撃を与えた(まさに隔世の感あり)。この作品によって、日本の自然主義文学の方向が決まったと言われる。「生」「妻」「縁」の長編3部作、書き下ろし長編『田舎教師』を著し、藤村と並ぶ自然主義作家となった。

 紀行文も秀逸で、『南船北馬』『山行水行』などがある。さらに日本全国の温泉を巡り温泉に関する本も数多く残す。博文館の『日本名勝地誌』の執筆に参加、後に田山花袋編として『新撰名勝地誌』全12巻の監修をおこなった。 晩年は宗教的境地に至り、精神主義的な作品を多く残す。1928年(昭和3年)末、脳溢血のために入院するも喉頭癌を併発、1930年(昭和5年)5月13日、自宅で逝去。享年58。藤村の書を刻む墓が多磨霊園にある。遺志により土葬。

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 ◇ 『蒲団』(中編、「新小説」1907年8月号掲載)

 概要:花袋に師事していた弟子・岡田美知代との関わりをもとに描いたもの。日本における自然主義文学、また私小説の出発点に位置するもので、当時の文壇とジャーナリズムに大きな反響を巻き起こす。 鴎外の「舞姫」は、下層のドイツ女性を妊娠させて捨てるという内容のため、女弟子に片思いをし、性欲の悶えを描くという花袋ほどの衝撃は与えなかった。 藤村は、姪との情事を描いた『新生』を著し、花袋にも衝撃を与えた。 だが、彼らはいずれも私小説作家にはならなかった。

 ◇ 『蒲団』十一(ラスト)

 さびしい生活、荒涼たる生活は再び時雄の家に音信(おとず)れた。子供を持てあまして喧しく叱る細君の声が耳について、不愉快な感を時雄に与えた。生活は三年前の旧(むかし)の轍にかえったのである。

 五日目に、芳子から手紙が来た。いつもの人懐かしい言文一致でなく、礼儀正しい候文で、「昨夜、恙なく帰宅致し候儘御安心被下度、此の度はまことに御忙しき折柄種々御心配ばかり相懸け候うて申訳も無之、幾重にも御詫申上候、御前に御高恩をも謝し奉り、御詫も致し度候いしが、兎角は胸迫りて最後の会合すら辞(いな)み候心、お察し被下度候、新橋にての別離、硝子戸の前に立ち候毎に、茶色の帽子うつり候ようの心地致し、今猶まざまざと御姿見るのに候、山北辺より雪降り候うて、湛井(たたい)よりの山道十五里、悲しきことのみ思い出で、かの一茶が『これがまアつひの住家か雪五尺』の名句痛切に身にしみ申候、父よりいずれ御礼の文奉り度存居候えども今日は町の市日にて手引き難く、乍失礼私より宜敷御礼申上候、まだまだ御目汚し度きこと沢山に有之候えども激しく胸騒ぎ致し候まま今日はこれにて筆擱(お)き申候」と書いてあった。

 時雄は雪の深い十五里の山道と雪に埋れた山中の田舎町とを思い遣った。別れた後そのままにして置いた二階に上った。懐かしさ、恋しさの余り、微かに残ったその人の面影を偲ぼうと思ったのである。武蔵野の寒い風の盛に吹く日で、裏の古樹には潮の鳴るような音が凄じく聞えた。別れた日のように東の窓の雨戸を一枚明けると、光線は流るるように射し込んだ。机、本箱、罎、紅皿、依然として元のままで、恋しい人はいつもの様に学校に行っているのではないかと思われる。

 時雄は机の抽斗を明けてみた。古い油の染みたリボンがその中に捨ててあった。時雄はそれを取って匂いを嗅いだ。暫くして立上って襖を明けてみた。大きな柳行李が三箇細引で送るばかりに絡げてあって、その向うに、芳子が常に用いていた蒲団、萌黄唐草の敷蒲団と、線の厚く入った同じ模様の夜着とが重ねられてあった。

 時雄はそれを引出した。女のなつかしい油の匂いと汗のにおいとが言いも知らず時雄の胸をときめかした。夜着の襟の天鵞絨の際立って汚れているのに顔を押附けて、心のゆくばかりなつかしい女の匂いを嗅いだ。 性慾と悲哀と絶望とが忽ち時雄の胸を襲った。時雄はその蒲団を敷き、夜着をかけ、冷めたい汚れた天鵞絨の襟に顔を埋めて泣いた。

 薄暗い一室、戸外には風が吹暴(ふきあ)れていた。

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2008/5/14(水) 午前 2:45 [ ダメ親父のおさむです。 ]

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「蒲団」について、いろいろと教えていただきました。ありがとうございます。
5月13日は、「花袋忌」なんですね。
田山花袋記念文学館も機会をつくって、行ってみたいですね。
「東京の三十年」ずいぶんと読んだことを思い出します。

2009/4/21(火) 午後 9:06 tokorin


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