今日の出来事ロジー

7月19日は、 河合隼雄 の命日です。

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 平成20年6月1日(日)本日:改正道路交通法施行、自転車は車道を走る事。

 今日から改正道路交通法が施行されます。自転車は歩道を走ってはいけません。一部「自転車通行可」と標示されている場合のみ歩道を徐行できます、あくまで徐行です。但し、13才未満の者、70才以上の者は「自転車通行可」の標示の無い歩道も通行可となります。自転車走行時の携帯電話、ヘッドフォーンの使用は、安全運転義務違反となります。

 これまでは運転席と助手席のみに、シートベルト着用の義務が課されていましたが、今日からは後部座席も義務化されます。一般道での違反には処分はありませんが、高速道路での違反に対しては行政処分の点数1点が科されます。観光バス、タクシーなどでも、シートベルトが装備されていれば着用が義務付けられます。
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 そして、75歳以上の「もみじマーク」も義務化されます。個人タクシー運転手の場合にも、「もみじマーク」が適用されます。そして今回新しく「チョウ」マークが決められました。聴覚障害者が運転する車に貼るマークで、これも義務化されます。黄色い蝶のデザインです。


 <日本ハム2 - 1阪神>(31日、札幌ドーム )
 勝利投手:スウィーニー(5勝1敗) 敗戦投手:岩田(5勝2敗)
 セーブ [日本ハム] 武田久(2勝2敗6S)
 ※ 7回の1イニングで勝敗が決したレアケース。ハム、次ぎも勝って。

 <西武3 - 4中日>(31日、西武ドーム )
 勝利投手:川上(3勝3敗) 敗戦投手:大沼(1勝2敗1S)
 セーブ [中日] 岩瀬(1勝1敗16S)
 ※ 負けパターンを引っくり返したのは3番ウッズの13号2ラン。
 憲伸のハード面はAクラス間違いなし、ソフト面はBC級です。
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 ※ 七回、一死三塁から代打・立浪の犠飛で同点。四球で出塁した荒木を一塁に置き、井端の一打は左中間へころがる。中堅のボカチカが打球をスライディングキャッチするも、返球が遅くなるミスも重なった。好スタートを切った荒木は、一塁から一気にホームへ生還。決勝点となった。 荒木、「(ボカチカが)スライディングしたのを二塁を回ったところで見ました。あれでもう一度、スイッチオンですよ。盗塁をしようとは思っていなかったけど、リードは大きめに取っていました。あの辺に打球がいくんじゃないかなという気もしていたし」。 落合監督「ウチはユニフォームを汚してどれだけってチーム、選手だけじゃなくお客さんも喜んでくれるゲームをしないと」。 ※ 大いに喜ばせてもらいました。

 <ソフトバンク3 - 1巨人>(31日、福岡ヤフードーム)
 勝利投手:杉内(5勝3敗) 敗戦投手:野間口(1勝3敗)
 ※ 巨人・岩館学内野手(27)が今季初スタメンで適時打だったけど…。
 プロ初スタメンだった巨人・松本哲也外野手(23)は一塁ベースを踏む際に
 右足踝の剥離骨折。俊足を買い起用した原監督「苦しいと思えば苦しいが
 新しい力がまた出てくると思えば前向きに考えられる」と歯を噛み締めた。
 (身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ筏乗り)首位とは9差。

 <楽天8 - 3広島>(31日、Kスタ宮城)
 勝利投手:岩隈(8勝2敗) 敗戦投手:高橋(6勝3敗)
 ※ 防御率トップの高橋から8点を奪う猛攻。球団史上最多の貯金4。
 そして、なんと言っても2か月連続の勝ち越し。仙台は燃えている!

 ※ ボヤキのノムさんも流石にボヤキ処がなく、
 「今日はゆったり見れたわ、入場料払わなあかんな」と満面の笑み。
 首位とも4差、リーグ優勝も夢ではありません。



 6月1日は、幸徳秋水が逮捕された日です。

 ◇ 幸徳秋水(1871〜1911)高知県幡多郡中村出身

 「一種さみし気のある、しかもどこか凄みのある、ちょっとおかしがたい容貌をもっている」と評された。「労働者階級の欲するところは、政権の略取でなくて、麺麭(めんぽう=パン)の略取である」と直接行動派の宣言、黎明期のアナキズム思想を社会主義運動の中に確立させた理論家であり、活動家。

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 青年期に土佐自由民権運動の影響を受け、 1888年に中江兆民の書生、1898年に『万朝報』の記者となり、社会主義者のジャーナリストとして活躍。1903年10月、日露非戦論を主張。11月、堺と週刊『平民新聞』発行、石川、西川光二郎、木下尚江らも参加。1904年11月、一周年号に堺と共訳で『共産党宣言』を掲載、即日発禁。1905年2月、秋水は禁錮五ヶ月の刑で巣鴨監獄へ収監。獄中でクロポトキンの著作に傾倒。1905年12月から半年間、サンフランシスコ、オークランドにて現地に在住・移住の日本人社会主義者と交流。竹内鉄五郎、岩佐作太郎、小成田垣郎らと社会革命党を結成。大地震も経験し現実の相互扶助を知る。

 1907年2月、第2回社会党大会で直接行動派が党内の主流となるが西園寺内閣は新聞の発禁、解党と、弾圧を強化する。しかし、秋水は非戦論集『平民主義』を刊行、即日発禁。5月、ドイツのアナキスト、ローレルの『社会的総同盟罷工論』の翻訳を完成。翌1908年、森岡栄治、戸垣保三、守田有秋、神川松子らが秘密出版する。大阪の森近運平、熊本の松尾卯一太、新美卯一郎が運動紙誌を発行するなど、東京での弾圧に屈せず直接行動派は積極的に展開する。

 自身の病状の悪化、警察の監視の強化もあり、1910年3月に平民社を閉じ、湯河原に投宿し執筆活動に専念する。しかし、管野スガらの大逆事件に連座する形で6月1日、湯河原にて逮捕される。拙速審理でほとんど反論できぬまま、秋水以下、計画とは全く無縁の同志も含め24名に死刑判決が下される(12名は減刑)。市ヶ谷の東京監獄において、1911年1月24日処刑される。管野は翌日に執行された。

 秋水らは「獄中手記」を残すが、司法省によって長年隠匿され1945年、焼却直前に発見される。逮捕直前にほぼ書き上げ獄中で脱稿した『基督抹殺論』は堺により1911年2月に刊行、増刷を重ね、印税は12名の死刑囚の遺族、懲役刑の獄中者、家族への救援費用に当てられ、また初の屋外メーデーの開催費用にも役立てられた。

 ※ 赤旗事件(1908年の社会主義者弾圧)で荒畑寒村が逮捕されたその留守中に、荒畑の内縁の妻・管野スガと幸徳秋水は深い仲になってしまう。そして管野は天皇暗殺の計画に加担していたと言われる。事が露見するや、証拠があろうがあるまいが、社会主義者ならとにかく逮捕という情勢の下で、幸徳秋水は死刑になってしまった。今日、幸徳が計画に参加していなかったことがほぼ確認されている。実に危険な恋だった? 幸徳秋水は配偶者を持つ身でありながら…。

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 < 高知県幡多郡中村の詩碑 >
 區區成敗且休論(ちまちました事で得失を論ずるのはしばらく置こう)
 千古唯応意気存(その人間の心意気こそ、千古に通ずるものなのだ)
 如是而生如是死(吾かくの如く生き、かくの如く死んでゆくばかり)
 罪人又覚布衣尊(罪人となって、無位無官の尊厳を覚ることが出来た)
 ※ 腹を括って生きる人間とは、かくの如しか。現代人の死に場所は奈辺に?


 【参照】6月1日、小6女児同級生殺害事件から3年(2007年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/33168206.html

 【参照】白鵬、明治神宮奉納土俵入り(2007年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/33189919.html

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こんにちは

心の隙間を埋めてくれるホームページです。

よかったら見てください。

2008/6/1(日) 午前 7:14 [ シマリス ]

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はじめまして
記事アップ時の「こんな記事あります」から来ました
「バス」つながりでしょう
全く違うつながり方ですが
これも何かの縁かと思いコメさせていただきました
ヘッドフォーンの使用は、安全運転義務違反に
+ポチらせていただきます
過去の記事へのコメ失礼しました

2009/10/17(土) 午後 0:24 おぎりん


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