今日の出来事ロジー

7月19日は、 河合隼雄 の命日です。

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 平成20年7月3日(木)昨日:6月の米新車販売18%減、トヨタ2割減。

 1日まとまった6月の米新車販売台数は、前年同月比18.3%減の118万9108台だった。8カ月連続で前年実績を下回り、15年ぶりの低水準。ガソリン高で大型車の販売が冷え込み、ビッグ3はそろって2桁減。堅調だったトヨタ自動車も販売を約2割減らした。トヨタは生産体制を見直す方針を明らかにした。

 米調査会社オートデータによると、販売水準は年率換算で1993年以来の低水準。前年5月よりも営業日が3日少ない影響を考慮しても8.1%減だった。首位のGMなど米国勢3社の販売シェアは4.4ポイント低下の45.8%と、4カ月連続で5割を下回った。日本勢8社合計のシェアは2.1ポイント上昇の39.6%。



 7月3日は、カフカの誕生日です。

 ◇ フランツ・カフカ(Franz Kafka, 1883年〜1924年)

 出生地はチェコ、ユダヤ人の家庭に生まれ、ドイツ語で作品を発表。不安と孤独を漂わせる非現実的で幻想的な作品世界は、独特の不条理さに満ちている。生前には、ごく一部で高く評価されたものの、1946年に友人の編集した全集が刊行されるまで忘れられた存在だった。第二次大戦後、サルトルやカミュ、カネッティなどの絶賛を受けて広く知られるようになり、今では20世紀文学を代表する作家の一人と目される。

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 当時はオーストリア・ハンガリー2重帝国の都市であったプラハで、ユダヤ系商人ヘルマン・カフカとその妻・ユーリエとの長子として生まれた。ドイツ系の小学校、フライシュ・マルクトの小学校に入学。 当時のプラハには、ドイツ語系の学校とチェコ語系の学校とがあり、この両者の間の争いが絶えなかった。彼の両親は、当時少数の支配階級と同じドイツ語を話すことを選択。

 その後、プラハ・ドイツ大学入学、初め化学を、次いで法学を学ぶ。専攻は将来の職業選択を有利にするためだけのものであり、本人の苦痛も大きかったといわれる。 19才のとき、生涯の友人となるマックス・ブロートと知り合い、その友情は彼が亡くなった後も続いた。

 法学士の学位を取得し、法律事務所で研修生として勤務。その後、一般保険会社に臨時雇として入社するが、勤務規定の厳しさに絶望、転職。1908年、ボヘミア王国労働者災害保険局に臨時職員として採用される。チェコ系の強いこの局で、彼は二人しかいないユダヤ人の一人で、彼の高校の同級生の父親が当時の局理事長であったことで、就職できたとも言われる。

 保険局の仕事をしながら作品を書いていたが、1917年、34歳の時に最初の喀血、肺結核と診断される。39歳で労働者災害保険局を正式退職、その翌年逝去。


 ◇『処刑の話』 Franz Kafka 作、大久保ゆう訳

 これは、カフカの生前に発表された数少ない作品の一つです。時雨沢恵一の連作短編『キノの旅 the Beautiful World』(電撃文庫刊)そっくりに、ある流刑地を訪れた旅人が、そこで奇妙な話に巻き込まれます。(以下、冒頭部分)


 「こいつがまた、いい機械なんです。」
旅人にそう言って、将校は、もう知りつくしたはずの機械を、あらためてほれぼれと眺めた。

 ただの義理だった。
 旅人は司令官に頼まれて、しぶしぶ来ていた。一人の兵士が、不服従と上官侮辱で処刑されるから、立ち会ってほしい、と。 この流刑地でも、この処刑に対する関心は低いようだった。

 荒れ果てた深い谷の底に、小さな場所があった。周りの斜面には草が一本も生えていなくて、谷底に将校と旅人と囚人。

 囚人はぼんやりとしていた。大きな口に、汚れるにまかせた顔と髪。隣にはもう一人兵士がいて、重そうな鎖を握っていた。囚人の首、手首、足首には小さな鎖がくくりつけられてあって、それぞれをつなげる鎖がまた別にあり、最後に兵士の持つ重い鎖にまとめられていた。

 しかし、囚人は犬のようにおとなしくしていたので、鎖を外して、この谷間の斜面で勝手に走り回らせても、処刑執行の際に口笛さえ吹けば、帰ってくるにちがいなかった。

 旅人はこの機械にあまり関心がなく、囚人の後ろを何とはなしにただぶらぶら歩いていた。 一方、将校は最後の準備にとりかかっていた。地面にしっかりとりつけられた機械の下にもぐったり、梯子に登って、上の部分を調べたりした。

 機械工にでもまかせればいいことだったが、将校自らが熱心に取り組んでいた。それはこの機械に思い入れがあるからかもしれないし、何か他の人にはまかせられない理由でもあるのかもしれない。

 「準備完了!」
 そう言って将校は、ようやく梯子を下りてきた。ひどく疲れた様子で、口を大きく開けて息をついた。薄い婦人用のハンカチを二枚、軍服の衿と首の間に押し込む。

 「その軍服、この熱帯ではおつらいでしょうね。」
 旅人が言った。将校は機械のことを聞いてくれると思っていたのだが、
 「いかにも。」
 そう返すと、将校は手についた油やグリスを、用意しておいたバケツの水で洗い落として、すぐに言葉を付け加える。

 「しかし、この軍服は祖国も同様。祖国を失いたくはありませんので。さぁ、ぜひ、この機械をご覧ください。」 手を布でぬぐいながら、機械の方を示した。

 「手がかかるのはここまでで、あとはみんなこの機械がひとりでにやってくれます。」
 旅人はうなずいて、将校の後ろにつづいた。
 将校は、何も問題が起こらないよう念入りに機械を点検する。

 「もちろん故障もします。今日は起こってほしくありませんが、それでも備えは必要です。この機械は、連続十二時間動作しつづけてくれないと困るんです。たとえ故障が起こったとしても、たいていはささいなことで、すぐ修理できるのですけどね。」

 そこまで言うと、将校が「お掛けください。」と、積み上げられた籐椅子の山から、ひとつ引き出して、旅人の前に置いた。 旅人は断りきれず、しぶしぶ坐った。

 ちょうど前に穴のあるところで、何となく目をそちらに向けた。それほど深くない穴で、掘り出された土がそばに積み上げられてあった。その穴を挟んだちょうど向かいに、機械が設置されていた。

 「この機械のことは、もう司令官からお聞きになりましたか?」
 旅人は曖昧に手を振った。
 将校はそれ以上訊ねようとせず、自分で機械のことを説明し始めた。
 「この機械は――」
 将校が機械のシャフトをつかんで、体重をあずけた。

 「…先の司令官の発明なのです。私は企画立案から完成するまで、すべてに携わりました。しかし、これを発明した栄誉は司令官にこそふさわしい。先の司令官のことはご存じですか? ご存じない。そうですね、この流刑地のメカニズムそのものが、彼の作品だと言っても過言ではありません。友人たる我々は、司令官がお亡くなりになったとき、もう気づいていたのです。この流刑地は、それ自体で一個の完成品であり、後任の司令官にどんな新しい考えがあろうと、この先少なくとも数十年は、このやり方でやっていけるだろう、とね。まったくその通りで、後任の司令官もその点を認めざるをえませんでした。しかし先の司令官をご存じないとは、まったく残念です。さて…」

 将校は一息ついて、
 「…おしゃべりがすぎました。目の前にあるこれが、司令官の作った機械です。見ての通り、三つの部分からなっています。使っているうちにみんな、いわゆる通り名というやつで呼ぶようになりましてね。この下のやつが『ベッド』で、上のが『製図屋』、真ん中でぶらぶらしてるのが『馬鍬』と呼ばれています。」

 「まぐわ、ですか?」
 旅人はぼうっとしながら、聞き返した。
 強い日射しが、影のない谷に突き刺さる。
 何か考えようとしても、そう簡単にはいかなかった。
 それにひきかえ、将校にはびっくりする。

 この暑さにもかかわらず、式典用の正装を着ているのだ。飾りひもつきの肩章がある、ぴっちりした軍服だ。そしてその恰好で、機械について熱弁をふるう。その上、話しながらドライバーで色々いじくっているのだから、たまらない。

 兵士を見ると、旅人と同じような状態だった。囚人の鎖を両手首に巻き付け、手に持ったライフルにもたれかかって、だらりとしている。 旅人は、無理もない、と思った。

 ※ 人生とは、緩慢なる処刑に過ぎないのか?


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 ※ 逝きし夏たぎれる思いもてあます 阿修羅のごとき季節のありき


 ◇ ピーちゃんの墓

 一年半、大切に育ててきた文鳥のピーちゃんが死んだ。ボクは悲しくて泣いた。とても悲しくて悲しくてすごく泣いた。母さんにすすめられて、ボクは庭にピーちゃんのお墓を作った。ボクはお墓に手を合わせて、今までありがとうと言った。でも、ボクの悲しみはなくならなかった。

 晩になって、父さんが帰ってきた。泣いてるボクを見て、父さんは「どうした」と言った。「ピーちゃんが死んだ」。父さんは庭に出て、お墓に手を合わせてくれた。でも、父さんはいきなり笑い出したんだ。ボクは怒って父さんに言ったんだ。「ピーちゃんが死んだのに、笑うなんてヒドイ!」。

 母さんも出てきて、庭のお墓をのぞいた。すると、母さんまで笑い出したんだ。ボクはものすごく悲しくて、ものすごく腹が立って、「ピーちゃんがかわいそうだ!」って叫んだんだ。父さんが手招きした。ボクも庭にあるお墓の前にしゃがんだ。父さんは、お墓の上にたてたカマボコ板に書かれた文字をゆび差した。カマボコ板には、こう書かれていた、「ピーちゃんの暮」。

 恥ずかしくて、てれかくしもあってボクも笑っちゃった。そのあとの夕ご飯は、ふだんと変らないおいしさだった。たった一字のまちがいが、ボクの悲しみをどっかにやっちゃたんだ。

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 【参照】7月3日、米軍がイラン旅客機を誤爆(1988年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/10390057.html

 【参照】7月3日、千石剛賢を捕捉
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/10391909.html

 【参照】7月3日、通天閣の日
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/34283535.html

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