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平成20年7月19日(土)昨日:旧日本長銀の旧経営陣3人に逆転無罪. 赤信号、みんなで渡れば恐くない 親方日の丸みんなで脛かじり 朝日:10年前に破綻した旧日本長期信用銀行の旧経営陣3人に、最高裁が逆転無罪判決を出しました。過剰融資を続けた経営者、不良債権処理の先送りを黙認した旧大蔵省や為政者、そして「国策捜査」に動いた検察……7兆8千億円もの公的資金が投入され、粉飾決算という形で問われたバブルの始末です。この間わたしたちは何を学んできたのか。サブプライム問題が世界経済を揺るがしている折、自問しながらの紙面づくりとなりました。 日経:金融危機のときは国費を投入してでも金融機関の損失処理を急がないと金融システムが壊れかねません。でも銀行への国費投入は国民の批判を浴びます。だから誰かに責任を負わせて批判をかわそうという流れになる。今回、無罪になりましたが、旧日本長期信用銀行の元頭取らが罪を問われた背景にはこういう図式があります。長銀破綻からちょうど10年、金融不安が続く米国でもそんな雲行きです。 読売:結局、被告は「時代」だったということなのでしょうか。経営破綻した旧長銀の粉飾決算事件の上告審判決で、元頭取ら経営陣3人の被告に無罪が言い渡されました。金融行政が護送船団方式から事後チェック型に大きく舵を切った過渡期の事件。それにしても、8兆円近くの公的資金が宙に浮いた責任は? 7月19日は、「二千円札発行の日」です。(2000年) ◇ 「二千円札」 この厄介なる紙幣、小渕さんの最後っ屁 2000年7月19日、二千円札が発行されました。実に42年ぶりの新額面紙幣。 当時の首相・小渕恵三氏(2000年5月14日急逝)が、ミレニアム(millenium=千年紀)を記念して「二千円札」発行を推進したが、当初からその必要性には大いに疑義が続出していました。小渕氏急逝を受けて、同氏の忘れ形見のような形での発行とはなった。 小渕氏と言えば、ブッチホンが有名だった。気軽に誰にでもアポなし電話を入れて、市井の人気を得ていた。ある日、寂聴師に小渕首相から電話が入った。秘書の女性が「先生、ブッチホンです」、受話器をとった寂聴師は、「ブッチホンだなんて、なに冗談言ってるのよ、あんた誰よ?」。小渕首相は恐縮して「いえ、ほんとに小渕で御座います」と言ったそうだ。 「二千円札」の絵柄に源氏絵巻からの採用を考慮しており、ついては寂聴師のアドバイスが頂きたいとの用向きだった。だが、実際に採用されたものは、寂聴師の進言を容れたものではなく、寂聴師曰く「あれは不倫の図柄」なるものが採用されてしまった。 表には、沖縄守禮之門(この年に沖縄サミット)。裏には、左に「源氏物語絵巻」第38帖「鈴虫」の絵と詞書。右に「紫式部日記絵巻」に描かれた紫式部。 ※ 沖縄では弐千円札普及促進が図られ、県内に弐千円札が使えるATMや弐千円札両替機なるものまで置かれております。「守禮之門」の名にかけてガンバッてます。 せめて「二万円札」だったら、まだ良かったものを、との声もあった。現在、「二千円札」はババ抜き状態で、自分の財布に回ってきた「二千円札」は、速やかに使ってしまうように心がける人が多いようだ。曰く、紛らわしく使いづらい。あるいは、目障りとも。今や、旧五百円札を下回る流通枚数に成り下がりました。造幣局に死蔵された「二千円札」が死屍累々と、使われる見込みのないまま眠り続けております。 |

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