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平成20年7月22日(火)昨日:山本昌、通算200勝へあと2勝。 <阪神1 - 3巨人>(21日、甲子園) マジックかけた試合に2連敗、岩田ショック再び 歯車が狂い始めた? 痛恨の一撃を浴びた阪神先発・岩田。15日のデーゲームで巨人が敗れて点灯した優勝マジック52を、その夜のヤクルト戦の序盤2回6失点でかき消して以来の登板。 岡田監督が厳しい口調で「死に物狂いで抑えるべきだった」と振り返ったのは四回。2死から坂本に中前打され、打席は捕手の8番・鶴岡。二回の2死二、三塁では、内角高めの絶妙の釣り球で空振り三振に仕留めた相手に不用意な高め136キロ。「中に入ってしまった」と岩田。前の打席で好機をつぶした鶴岡にしてみれば、「甘いというより真ん中」の速球を逃すわけもない。真っ芯でとらえ左翼席へ。自身2シーズンぶりのアーチだった。 <中日8−0広島>(21日、ナゴヤドーム) 中日が先発山本昌の通算198勝目を飾る好投と、効果的な得点で広島に快勝。山本昌は安定した投球で6回を4安打無失点。打線は1、3回は相手エラーで得点し、6回は谷繁、立浪、荒木の3連打で4点を追加。7回は森野の9号ソロでゲームを決めた。 ※ 投打の相関関係とは、摩訶不思議なもの。先発が抑えれば得点できる、打ち込まれれば得点できず。 ただ…こんな事では、逆転優勝なんて金輪際あり得ませんね。 7月22日は、原 辰徳の誕生日です。(1958年) 福岡県大牟田市出身、神奈川県厚木市・相模原市育ち。現役期間は、1981年〜1995年。監督期間は、2002年〜2003年、2006年〜(?)。背番号「8」は、“準永久欠番”扱い。 ◇ 特筆すべき原 辰徳の屈辱、ナベツネの老耄 2002年、引退も考えていた桑田真澄の先発復帰、そして、故障で一軍から遠ざかっていた河原純一のストッパー転向、長嶋政権下ではスタメンを外れることの多かった清水隆行の1番起用など、大胆な選手起用を行い選手もそれによく応え、就任1年目にしてリーグ優勝。日本シリーズでは、西武ライオンズ相手に球団史上初の無傷の4連勝という快挙で日本一に輝いた。 2003年、チームの4番だった松井秀喜がFA宣言、ニューヨーク・ヤンキースへ移籍。さらに相次ぐ主力選手の故障、投手陣の崩壊等で、阪神タイガース独走を許し、三山秀昭球団代表との確執もあり、“人事異動”と言う名目で監督を解任させられる。彼に与えられた“人事異動”後のポストは、巨人軍特別顧問だった。もとより閑職である。 ※ この時の記者会見を見て、星野氏は激怒した。「なんで、原の横に堀内がいるんや!」。以来、巨人は優勝から遠のくのであった。 堀内政権は、成績不振により2年で終息する。2006年より2期目の原政権が始まり、2007年には、上原浩治のストッパー起用も奏功し、リーグ優勝するものの、この年から始まったクライマックスシリーズ2ndステージで、ペナントレース2位の中日に3連敗を喫し、日本シリーズ出場を逸す。そして「ツルの一声」で、リーグ優勝の記念パレードなどは一切行われなかった。 ※ ナベツネ曰く「優勝なんかいらん、2位狙いで日本一を目指せ!」。 ※ 落合監督曰く「完全優勝しか考えていない」。 ※ はぁー、どっちもどっち、どっちらけー。 |

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