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平成20年7月30日(水)昨夜:関東地方で局地的な激しい雷雨。 関東地方では29日夜、局地的に激しい雷雨に襲われた。東京都内では落雷によりJR山手線全線などが一時運転を見合わせ、国立競技場ではサッカー五輪代表の壮行試合が打ち切りとなるなど、各地で影響が出た。1時間の最大雨量は練馬で41.5ミリ、世田谷で32.5ミリ。 <中日5x−4横浜>(29日、豊橋)(森野サヨナラ) 中日が今季4度目のサヨナラ勝ち。同点の九回2死二塁から、森野が左中間へ適時打を放った。横浜に三たび勝ち越されながら、自身7年ぶり4回目の1試合3本塁打で食らいついた中村紀は「負けてる場面で打てたのが良かった」。横浜は寺原で逃げ切りに失敗。 落合監督(貯金2で前半戦を終えて)「別に総括しなくてもいいんだろ」 大矢監督「精いっぱいだった。あのまま逃げ切って、いい締めくくりをしたかった」 ※ 貯金ゼロの危機をミスター豊橋・ノリが救った。先制された直後の二回、変化球を「うまく右方向に打てました」と17号2ランを右中間へ。六回の右越え18号ソロに続き、三たび勝ち越された八回には横浜の抑えのエース・寺原に中越え19号ソロを浴びせた。1試合3本塁打は近鉄時代の2001年5月29日以来、自身4回目。昨年も2本塁打した験のいい豊橋市民球場でアーチストぶりを発揮した。 7月30日は、新美南吉の誕生日です。 新美南吉(1913年〜1943年)(愛知県半田市出身) 雑誌『赤い鳥』出身の作家の一人、代表作『ごん狐』(1932年)はこの雑誌が初出。結核により29歳の若さで亡くなる。童話の他に童謡、詩、短歌、俳句や戯曲も残す。彼の生前から発表の機会を多く提供していた友人・巽聖歌(たつみせいか)は、南吉の死後もその作品を広める努力をする。 ◇ 『ごん狐』(1932年、「赤い鳥」版) 一 これは、私が小さいときに、村の茂平といふおぢいさんからきいたお話です。 むかしは、私たちの村のちかくの、中山といふところに小さなお城があつて、中山さまといふおとのさまが、をられたさうです。 その中山から、少しはなれた山の中に、「ごん狐」と言ふ狐がゐました。ごんは、一人ぼつちの小狐で、しだの一ぱいしげつた森の中に穴をほつて住んでゐました。そして、夜でも昼でも、あたりの村へ出て来て、いたづらばかりしました。はたけへはいつて芋をほりちらしたり、菜種がらの、ほしてあるのへ火をつけたり、百姓家の裏手につるしてあるとんがらしをむしりとつて、いつたり、いろんなことをしました。 ごんは、村の小川の堤まで出て来ました。あたりの、すゝきの穂には、まだ雨のしづくが光つてゐました。川はいつもは水が少いのですが、三日もの雨で、水が、どつとましてゐました。たゞのときは水につかることのない、川べりのすゝきや、萩の株が、黄いろくにごつた水に横だほしになつて、もまれてゐます。ごんは川下の方へと、ぬかるみみちを歩いていきました。 ふと見ると、川の中に人がゐて、何かやつてゐます。ごんは、見つからないやうに、そうつと草の深いところへ歩きよつて、そこからじつとのぞいて見ました。 「兵十だな」と、ごんは思いました。兵十はぼろぼろの黒いきものをまくし上げて、腰のところまで水にひたりながら、魚をとる、はりきりといふ、網をゆすぶつてゐました。はちまきをした顔の横つちように、まるい萩の葉が一まい、大きな黒子みたいにへばりついてゐました。 しばらくすると、兵十は、はりきり網の一ばんうしろの、袋のやうになつたところを、水の中からもちあげました。その中には、芝の根や、草の葉や、くさつた木ぎれなどが、ごちやごちやはいつてゐましたが、でもところどころ、白いきものがきらきら光つてゐます。それは、ふというなぎの腹や、大きなきすの腹でした。兵十は、びくの中へ、そのうなぎやきすを、ごみと一しよにぶちこみました。そして又、袋の口をしばつて、水の中へ入れました。 兵十はそれから、びくをもつて川から上りびくを土手においといて、何をさがしにか、川上の方へかけていきました。 兵十がゐなくなると、ごんは、ぴよいと草の中からとび出して、びくのそばへかけつけました。ちよいと、いたづらがしたくなつたのです。ごんはびくの中の魚をつかみ出しては、はりきり網のかゝつてゐるところより下手の川の中を目がけて、ぽんぽんなげこみました。どの魚も、「とぼん」と音を立てながらにごつた水の中へもぐりこみました。 一ばんしまひに、太いうなぎをつかみにかかりましたが、何しろぬるぬるとすべりぬけるので、手ではつかめません。ごんはじれつたくなつて、頭をびくの中につッこんで、うなぎの頭を口にくはへました。うなぎは、キユッと言つて、ごんの首へまきつきました。そのとたんに兵十が、向うから、「うわァぬすと狐め。」と、どなりたてました。ごんは、びつくりしてとびあがりました。うなぎをふりすてゝにげようとしましたが、うなぎは、ごんの首にまきついたまゝはなれません。ごんはそのまゝ横つとびにとび出して一しようけんめいに、にげていきました。 ほら穴の近くの、はんの木の下でふりかへつて見ましたが、兵十は追つかけては来ませんでした。ごんは、ほつとして、うなぎの頭をかみくだき、やつとはづして穴のそとの、草の葉の上にのせておきました。 二 十日ほどたつて、ごんが、弥助といふお百姓の家の裏をとほりかゝりますと、そこの、いちぢくの木のかげで、弥助の家内が、おはぐろをつけてゐました。鍛冶屋の新兵衛の家のうらをとほると、新兵衛の家内が、髪をすいてゐました。ごんは、「ふゝん、村に何かあるんだな。」と思ひました。 「何だらう、秋祭かな。祭なら、太鼓や笛の音がしさうなものだ。それに第一、お宮にのぼりが立つはずだが」。 こんなことを考へながらやつて来ますと、いつの間にか、表に赤い井戸のある、兵十の家の前へ来ました。その小さな、こはれかけた家の中には、大勢の人があつまつてゐました。よそいきの着物を着て、腰に手拭をさげたりした女たちが、表のかまどで火をたいてゐます。大きな鍋の中では、何かぐづぐづ煮えてゐました。 「あゝ、葬式だ」と、ごんは思ひました。 「兵十の家のだれが死んだんだらう」。 お午がすぎると、ごんは、村の墓地へいつて、六地蔵さんのかげにかくれてゐました。いいお天気で、遠く向うにはお城の屋根瓦が光つてゐます。墓地には、ひがん花が、赤い布のやうにさきつゞいてゐました。と、村の方から、カーン、カーンと鐘が鳴つて来ました。葬式の出る合図です。 やがて、白い着物を来た葬列のものたちがやつて来るのがちらちら見えはじめました。話声も近くなりました。葬列は墓地へはいつて来ました。人々が通つたあとには、ひがん花が、ふみをられてゐました。 ごんはのびあがつて見ました。兵十が、白いかみしもをつけて、位牌をさゝげてゐます。いつもは赤いさつま芋みたいな元気のいゝ顔が、けふは何だかしほれてゐました。 「はゝん、死んだのは兵十のお母だ」、ごんはさう思ひながら、頭をひつこめました。 その晩、ごんは、穴の中で考へました。「兵十のお母は、床についてゐて、うなぎが食べたいと言つたにちがひない。それで兵十がはりきり網をもち出したんだ。ところが、わしがいたづらをして、うなぎをとつて来てしまつた。だから兵十は、お母にうなぎを食べさせることが出来なかつた。そのまゝお母は、死んぢやつたにちがひない。あゝ、うなぎが食べたい、うなぎが食べたいとおもひながら、死んだんだらう。ちよッ、あんないたづらをしなけりやよかつた」。 三 兵十が、赤い井戸のところで、麦をといでゐました。兵十は今まで、お母と二人きりで貧しいくらしをしてゐたもので、お母が死んでしまつては、もう一人ぼつちでした。 「おれと同じ一人ぼつちの兵十か」、こちらの物置の後から見てゐたごんは、さう思ひました。ごんは物置のそばをはなれて、向うへいきかけますと、どこかで、いわしを売る声がします。「いわしのやすうりだァい。いきのいゝいわしだァい」。 ごんは、その、いせいのいゝ声のする方へ走つていきました。と、弥助のおかみさんが裏戸口から、「いわしをおくれ。」と言ひました。いわし売は、いわしのかごをつんだ車を、道ばたにおいて、ぴかぴか光るいわしを両手でつかんで、弥助の家の中へもつてはいりました。ごんはそのすきまに、かごの中から、五六ぴきのいわしをつかみ出して、もと来た方へかけ出しました。そして、兵十の家の裏口から、家の中へいわしを投げこんで、穴へ向つてかけもどりました。途中の坂の上でふりかへつて見ますと、兵十がまだ、井戸のところで麦をといでゐるのが小さく見えました。 ごんは、うなぎのつぐなひに、まづ一つ、いゝことをしたと思ひました。つぎの日には、ごんは山で栗をどつさりひろつて、それをかゝへて、兵十の家へいきました。裏口からのぞいて見ますと、兵十は、午飯をたべかけて、茶碗をもつたまゝ、ぼんやりと考へこんでゐました。へんなことには兵十の頬ぺたに、かすり傷がついてゐます。どうしたんだらうと、ごんが思つてゐますと、兵十がひとりごとをいひました。 「一たいだれが、いわしなんかをおれの家へほうりこんでいつたんだらう。おかげでおれは、盗人と思はれて、いわし屋のやつに、ひどい目にあはされた。」と、ぶつぶつ言つてゐます。 ごんは、これはしまつたと思ひました。かはいさうに兵十は、いわし屋にぶんなぐられて、あんな傷までつけられたのか。ごんはかうおもひながら、そつと物置の方へまはつてその入口に、栗をおいてかへりました。つぎの日も、そのつぎの日もごんは、栗をひろつては、兵十の家へもつて来てやりました。そのつぎの日には、栗ばかりでなく、まつたけも二三ぼんもつていきました。 六 そのあくる日もごんは、栗をもつて、兵十の家へ出かけました。兵十は物置で縄をなつてゐました。それでごんは家の裏口から、こつそり中へはいりました。 そのとき兵十は、ふと顔をあげました。と狐が家の中へはいつたではありませんか。こなひだうなぎをぬすみやがつたあのごん狐めが、またいたづらをしに来たな。 「ようし」 兵十は、立ちあがつて、納屋にかけてある火縄銃をとつて、火薬をつめました。 そして足音をしのばせてちかよつて、今戸口を出ようとするごんを、ドンと、うちました。ごんは、ばたりとたほれました。兵十はかけよつて来ました。家の中を見ると土間に栗が、かためておいてあるのが目につきました。 「おや」と兵十は、びつくりしてごんに目を落しました。 「ごん、お前だつたのか。いつも栗をくれたのは」 ごんは、ぐつたりと目をつぶつたまゝ、うなづきました。 兵十は、火縄銃をばたりと、とり落しました。 青い煙が、まだ筒口から細く出てゐました。 |

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