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平成20年8月12日(火)昨日:太田農相、「消費者がやかましいから徹底する」。 太田誠一農相が食の安全対策について、「消費者がやかましいから徹底する」と発言したことに対し、11日、政府や与野党の幹部から批判や疑問視する声が相次いだ。 町村信孝官房長官は同日、農相に電話し、発言に気を配るよう指示。「首相も心配している」と伝えた。 その福田康夫首相は、首相官邸で記者団に対し「あまり適切な言葉ではない」と不快感を表明した。公明党の太田昭宏代表は「消費者や生活者の声を積極的に聞く姿勢が大事で、消費者にさまざまに言ってもらったほうがいい。農相はきちんと説明すべきだ」と述べた。 民主党の鳩山由紀夫幹事長は「消費者がやかましいから消費者庁を作ってごまかすという官尊民卑の発想だ。この内閣は長くない」とし、早期に衆院を解散すべきだとの考えを強調。 8月12日は、淡谷のり子の誕生日です。 ◇ 淡谷のり子(1907年〜1999年)青森市出身 戦時下、多くの慰問活動を行い、「もんぺなんかはいて歌っても誰も喜ばない」「化粧やドレスは贅沢ではなく、歌手にとっての戦闘服」と言い切り、禁止されていたパーマをかけ、ドレスに身を包み、死地に赴く兵士たちを慰問した。 英米人の捕虜がいる場面では、日本兵に背をむけて、彼等に向かって英語で歌った。恋愛物の歌を多く取り上げ、夥しい始末書を書かされた武勇伝の持ち主でもある。 1965年のNHK紅白歌合戦では、「今の若手は歌手ではなく歌屋にすぎない」、「歌手ではなくカス」と発言して、賛否両論を巻き起こす。一方で、実力のある歌手や作品は高く評価し、晩年は五輪真弓の『恋人よ』をレパートリーに取り入れた。 ◇ 日刊スポーツの訃報、淡谷のり子さん 老衰のため死去(1999年9月) 「別れのブルース」「雨のブルース」などのヒット曲を持つ歌手淡谷のり子(本名:淡谷のり)さんが22日午前4時30分、老衰のため東京都大田区内の自宅で死去していたことが25日、分かった。92歳。淡谷さんは今夏の猛暑で体調を崩し、家族たちに見守られ息を引き取った。「ひっそりと送ってほしい」との遺志で死去は伏せられ、この日、都内で親族だけで通夜が営まれた。約70年、戦前、戦後を通じて日本の歌謡界を生きたブルースの女王が、現役歌手のまま静かに逝った。 事務所関係者によると、淡谷さんは1993年に一過性脳虚血で倒れてからは、車いすでの生活を余儀なくされてきた。一時は復帰したものの、最近は体力もなくなり寝たきりの状態だった。さらに今夏の猛暑が食欲も奪い、衰弱していった。それでも、先月12日にはベッドの周りで92歳の誕生会が開かれ、ハッピーバースデーの曲に淡谷さんは笑顔でこたえたという。 津軽のジョッパリ(強情張り)精神に支えられた反骨精神や強固なプロ意識は、世代を超えて共感を呼んだ。軍国主義一色の中でも、濃い口紅やパーマを愛国婦人会のメンバーに非難されると「歌手の化粧はぜいたくではありません」と反論。戦地での慰問公演では、退廃的と発売禁止になっていた「別れのブルース」などの外国曲を堂々と歌った。 ◇ 多度大社の提灯まつり(三重県桑名市多度町)(11・12日) 境内に約八千灯の提灯を献灯し、諸願成就のご祈祷をします。 |

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