今日の出来事ロジー

7月19日は、 河合隼雄 の命日です。

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『切腹』 (1962年)

 ◇ 「切腹」 (1962年)

 「切腹」 1962年公開 監督:小林正樹(予告編)



 (梗概)

 さる日、井伊家に老いたる浪人が訪れる。元福島家家臣の津雲半四郎(仲代達矢)であった。
主家が改易となり、このまま生き延びても仕方がないので、切腹をするため庭先を拝借したいとの嘆願であった。

 家老斉藤勘解由(三国連太郎)は、以前にも同じように元福島家家臣の若き浪人、千々岩求女(石浜朗)が同じように来た事を話し、半四郎を追い返そうとする。

 勘解由の曰く、最近、仙石家においてある浪人が同じように嘆願に来て、それを仙石家では武士の鑑として雇い入れたという噂を聞きつけ、各地で大名家を訪れ、切腹を願い出る浪人が多発しているとのこと。それを苦々しく思っていた井伊家家臣・沢潟彦九郎(丹波哲郎)らは、井伊家の家風を軽んじられぬように見せしめにせんと、若侍の釈明も聞かず無理やり竹光で切腹させたのだった。


イメージ 1

 「切腹」 1962年公開 監督:小林正樹(竹光)

 出演:仲代達矢、岩下志麻、石浜朗、稲葉義男、三國連太郎、
 丹波哲郎、三島雅夫、中谷一郎、青木義朗、他。


 この若侍・千々岩求女(ちぢいわもとめ)こそは、半四郎の娘・美保(岩下志麻)の婿であった。娘夫婦の一人息子が病気で高熱を出したが、医者に見せる金がない。婿が「心当たりがあります」と出て行った。それが“押し掛け切腹”だったのだ。

 半四郎は切腹に及んで、介錯はぜひ彦九郎ら井伊家でも腕の立つ者にと願出るが、彦九郎、矢崎、川辺ら指名された三名は何れも病気と称して、出てきていなかった…。不審に思った勘解由は、家臣に仔細を調べさせる。

 その間、半四郎は、求女がどのような思いで、この井伊家を訪れたかを話していき、一両日待ってくれと懇願する婿に何故、最後の情けをかけてやれなかったのか、井伊家の対応のまずさを糾弾してゆく。 半四郎は、徐に懐から取り出したものを庭に抛り投げた。それは切り取られた三つの髷だった。此処を訪れる前に彦九郎ら3人の髷を斬り落としたことを告げ、「命までは取っておらぬ」と三人との個々の対決を語り始める。

 武士の体面を保つため髷の伸びるのを待って、腹も斬らずにいるような腰抜け武士が、よくも金に困ってやってきた若者をよってたかって嬲り殺しにできたものだと、半四郎は井伊家の武士達を思いっきり罵倒するのであった。 勘解由も、半四郎の言葉を噛みしめながら聞いていたが、武家の面目を保つため半四郎を討ち取り、彦九郎ら3名に切腹を命じるのであった。


 「切腹」 1962年公開 監督:小林正樹(発端)

 ※ 原作:滝口康彦、脚本:橋本忍、音楽:武満徹、撮影:宮島義勇


 「切腹」 (求女の無惨な遺体を送り届ける)



 「切腹」 (市井に生きる者の小さな幸せ)



 「切腹」 (半四郎、床の間の甲冑を投げ捨てる)

 ※ たった一人を相手に、井伊家家中が総掛かりで半四郎に襲い掛かるが、実戦経験のない者ばかりの棒振り剣法では、半四郎に屍の山を築かせるばかりだった。

 ※ 刀こそ武士の魂。刀にかけて井伊家の面目を守らむとするも、半四郎の前に死屍累々の犠牲者を出すばかり。ついに鉄砲を持ち出すに至り、井伊家の面目は失墜する。半四郎は自ら切腹して果てる。だが、表向きはあくまでも、「他に記すべき御政道の向きなし」として、無事平穏を装う。ただ一点、数多の病死者が一時に出たことが訝られる。


 ※ 映画であることを忘れるほどの長いセリフ回し、スクリーンが舞台に思えてくるほどの演劇的迫力。仲代達矢の迫真の演技、小林正樹の演出の冴え、まれに見る一級品。ラスト、半四郎が井伊家家中の者を斬り倒してゆくシーンは、壮絶にして清廉。“もののあはれ”を感ぜしめずには措かない。

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