今日の出来事ロジー

7月19日は、 河合隼雄 の命日です。

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9月18日、蘆花忌

 平成20年9月18日(木)さらに中日クライシス:今日はセリーグ、お休みです。

 ◇ 麻生太郎の「詫び状」の内容

 市民の皆様

 先般の豪雨被害で、大きな被害を受けられたことについて、お見舞い申し上げます。ここに、先日、名古屋での自民党総裁選挙街頭演説において、私の不用意な発言で、皆様方に不愉快な思いを抱かせたことに、お詫び申し上げます。災害はどの地域にあっても、発生しては困るものです。一政治家として、自由民主党幹事長としても、すべての日本国民と地域の安全を心がけねばならないものであります。また、不幸にも災害が生じた場合は、早急なる復旧に、政府をあげてつとめるべきであります。あらためて私の発言を深くお詫びするとともに、復旧についてできる限りのことをすることをお誓いいたします。

 ※ 子曰、君子不重則不威、學則不固、主忠信、無友不如己者、過則勿憚改。 ― 論語(学而第一之八) ― 子曰わく、君子、重からざれば則ち威あらず、学べば則ち固ならず、忠信を主とし、己に如からざる者を友とするなかれ、過てば則ち改むるに憚る勿かれ。 ※ 過ちのなからしめんと努むれば 己が長所も共に塞ぐなり。



 9月18日は、蘆花忌です。(1927年の忌日)

 ◇ 徳富蘆花(1868年生まれ、本名:徳富健次郎)

 近年では探偵小説作家としても注目される。徳富蘇峰は実兄。本人は「徳冨」(わ冠)の表記にこだわり、文学事典、文学館、記念公園などは「冨」の字を採用する。 号の由来は「『蘆の花は見所とてもなく』と清少納言は書きぬ。然もその見所なきを余は却って愛するなり」と述べる。

イメージ 1

 ◇ 都立公園・蘆花恒春園(東京都世田谷区粕谷一丁目)
 http://www.tokyo-park.or.jp/park/format/outline007.html

 一般的に広場なども含めて芦花公園とも呼ばれている。明治期から大正にかけて活躍した文豪・徳富蘆花の旧宅が、没後東京市に寄贈され、武蔵野の面影を多分に残した公園として一般に公開された。公園内には、広場の他、徳富蘆花の旧宅などを現在でも見ることができ、晩年の蘆花の生活ぶりを垣間見ることができます。

 交通:京王線「芦花公園」または「八幡山」下車 徒歩15分
 京王線「千歳烏山」、小田急線「千歳船橋」間のバス(京王バス)で
 「芦花恒春園」下車 徒歩7分

 問合せ:TEL 3302-5016
 蘆花恒春園サービスセンター 〒157-0063 世田谷区粕谷1-20-1


 ◇ 蘆花恒春園の「徳冨蘆花をしのぶ集い」

蘆花恒春園は、明治・大正期の文豪徳冨蘆花(健次郎)が生活した場所です。当園では、蘆花の命日にちなんで毎年9月第3土曜日に「徳冨蘆花をしのぶ集い」(蘆花忌)を催し事跡を偲んでいます。今年は蘆花生誕140年にあたります。今年はこれを記念し、「蘆花と同志社人脈」と題して、若い頃の蘆花に影響を与えた同志社時代の人脈やトルストイとの会見などについて、太田雅夫氏(元桃山学院短大学長)にご講演いただきます。

 日 時:平成20年9月20日(土)13時〜15時30分(雨天決行)

 墓前の献花 13時〜 蘆花夫妻墓碑前
 記念講演会 13時30分〜15時30分
 場 所:梅花書屋前
 講演者:太田雅夫氏(元桃山学院短大学長)
 演 題:「蘆花と同志社人脈」

イメージ 2

 【参照】9月20日、「徳冨蘆花をしのぶ集い」(2008年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/44657662.html

 徳冨蘆花記念文学館(群馬県渋川市伊香保町伊香保614-8)
 http://www.city.shibukawa.gunma.jp/hyakka/ikaho/ikaho_roka.html


 ◇ 『不如帰』(ほととぎす)

 明治31年(1898年)から32年にかけて、国民新聞に掲載された。のちに、ベストセラーとなった。 梗概:片岡中将の愛娘・浪子は、陸軍少将男爵・川島武男と幸福な結婚生活を送るが、日清戦争で夫とは遠く離れ、冷たい継母、横恋慕する千々岩、気むずかしい姑らに苦しみ、そのうえ結核のために離婚を強いられ、夫を慕いつつ死んでゆく。 浪子の「あゝ、人間はなぜ死ぬのでしょう! 生きたいわ! 千年も万年も生きたいわ!」は、有名なセリフ。 映画や演劇など、数多く制作された。

 ( 抜 粋 )

 浪子は思わず吐息をつきつ。「本当に、こんな病気になってしまって、おかあさまもさぞいやに思っていらッしゃいましょうねエ」 武男ははたと胸を衝きぬ。病める妻には、それといわねど、浪子が病みて地を転えしより、武男は帰京するごとに母の機嫌の次第に悪しく、伝染の恐れあればなるべく逗子には遠ざかれとまで戒められ、さまざまの壁訴訟の果ては昂じて実家の悪口となり、いささかなだめんとすれば妻をかばいて親に抗するたわけ者とののしらるることも、すでに一再に止まらざりけるなり。

 「はははは、浪さんもいろいろな心配をするね。そんな事があるものかい。精出して養生して、来春はどうか暇を都合して、母さんと三人吉野の花見にでも行くさ。やアもうここまで来てしまッた。疲れたろう。そろそろ帰らなくもいいかい」

 二人は浜尽きて山起こる所に立てるなり。「不動まで行きましょう、ね。イイエちっとも疲れはしませんの。西洋まででも行けるわ」「いいかい、それじゃそのショールをおやりな。岩がすべるよ、さ、しっかりつかまって」

 武男は浪子をたすけ引きて、山の根の岩を伝える一条の細逕を、しばしば立ちどまりては憩いつつ、一丁あまり行きて、しゃらしゃら滝の下にいたりつ。滝の横手に小さき不動堂あり。松五六本、ひょろひょろと崖より秀でて、斜めに海をのぞけり。武男は岩をはらい、ショールを敷きて浪子を憩わし、われも腰かけて、わが膝を抱きつ。「いい凪だね!」 海は実に凪げるなり。近午の空は天心にいたるまで蒼々と晴れて雲なく、一碧の海は所々練れるように白く光りて、見渡す限り目に立つ襞だにもなし。海も山も春日を浴びて悠々として眠れるなり。

 「あなた!」
 「何?」
 「なおりましょうか」
 「エ?」
 「わたくしの病気」
 「何をいうのかい。なおらずにどうする。なおるよ、きっとなおるよ」

 浪子は良人の肩に倚りつ、「でもひょっとしたらなおらずにしまいはせんかと、そう時々思いますの。実母もこの病気で亡くなりましたし…」 「浪さん、なぜ今日に限ってそんな事をいうのかい。だいじょうぶなおる。なおると医師もいうじゃアないか。ねエ浪さん、そうじゃないか。そらア母さんはその病気で…か知らんが、浪さんはまだ二十にもならんじゃないか。それに初期だから、どんな事があったってなおるよ。ごらんな、それ内の親類の大河原ね、あれは右の肺がなくなッて、医者が匙をなげてから、まだ十五年も生きてるじゃないか。ぜひなおるという精神がありさえすりアきっとなおる。なおらんというのは浪さんが僕を愛せんからだ。愛するならきっとなおるはずだ。なおらずにこれをどうするかい」

 武男は浪子の左手をとりて、わが唇に当てつ。手には結婚の前、武男が贈りしダイヤモンド入りの指環燦然として輝けり。二人はしばし黙して語らず。江の島の方より出で来たりし白帆一つ、海面をすべり行く。

 浪子は涙に曇る目に微笑を帯びて「なおりますわ、きっとなおりますわ、…あああ、人間はなぜ死ぬのでしょう! 生きたいわ! 千年も万年も生きたいわ! 死ぬなら二人で! ねエ、二人で!」 「浪さんが亡くなれば、僕も生きちゃおらん!」 「本当? うれしい! ねエ、二人で! …でもおっ母さまがいらッしゃるし、お職分(つとめ)があるし、そう思っておいでなすッても自由にならないでしょう。その時はわたくしだけ先に行って待たなけりゃならないのですねエ…わたくしが死んだら時々は思い出してくださるの? エ? エ? あなた?」

 武男は涙をふりはらいつつ、浪子の黒髪をかいなで「ああもうこんな話はよそうじゃないか。早く養生して、よくなッて、ねエ浪さん、二人で長生きして、金婚式をしようじゃないか」 浪子は良人の手をひしと両手に握りしめ、身を投げかけて、熱き涙をはらはらと武男が膝に落としつつ「死んでも、わたしはあなたの妻ですわ! だれがどうしたッて、病気したッて、死んだッて、未来の未来の後までわたしはあなたの妻ですわ!」


 ※ ほととぎす【時鳥/子規/杜鵑/不如帰/郭公】

 結核で喀血した正岡子規は「鳴いて血を吐くほととぎす」に洒落て子規と号した。

 卯の花の散るまで鳴くか子規

 痰一斗糸瓜の水も間に合はず

 糸瓜咲きて痰のつまりし佛かな


 【参照】9月18日、藤島武二の誕生日
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/36663588.html

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