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平成20年9月23日(火)プロ野球:首位攻防、3位争奪、いずれも興味深いです。 ◇ 広島大竹が9失点ワースト13敗 <広島1−9巨人>(9月22日、広島) 広島が巨人に完敗。先発大竹寛投手(25)が2本の2ランを含む9失点でリーグワーストの13敗目(8勝)。打線は巨人高橋尚を攻略できず、新人小窪のソロによる1点のみ。4位中日がヤクルトに勝ったため、ゲーム差なしの3位に並ばれた。 ◇ 楽天岩隈が20勝 <西武1−6楽天>(9月22日、西武ドーム) 岩隈、「今日はそんなに調子も良くなかったんですが、要所要所でしっかり、粘りのピッチングができて、試合をつくれたことが良かったと思います。(捕手の)藤井さんにも助けてもらいました。まだまだシーズンは終わっていないので、次の登板でも、しっかり自分のピッチングができるよう調整していきたいと思います」とコメント。 今日も、西武がリーグ優勝を決める可能性が残っているが、野村監督は「胴上げ見たいね。選手がどう感じるか、興味がある。今の楽天にはそういうのが必要。悔しいとか、うらやましいとか、『よし、来年は頑張るぞ』となってくれればいい」。発展途上の楽天の発奮材料になる戦いになりそう? 9月23日は、「海王星の日」です。 海王星は1846年9月23日、ベルリン天文台のガレが、パリ天文台のル・ヴェリエの依頼を受けて発見しました。海王星の存在予測、位置予測はル・ヴェリエの功績。 1781年の天王星の発見以降、その軌道がニュートンの天文力学に合わないのは、その外側にさらに惑星があるためだと考えられていた。多くの科学者が天王星の軌道の乱れなどをもとに、未知の惑星の大きさ、軌道、位置を計算しました。そして、フランスのル・ヴェリエが計算で予言した場所に、新しい惑星が発見されたのです。 イギリスのアダムスもほぼ同時期に位置を特定していたために、ル・ヴェリエとアダムスとの共同発見ともされる。 海王星はガリレオ・ガリレイ(1564年〜1642年、イタリア)やジェローム・ラランド(1732年〜1807年、フランス)によっても観測されていたが、当時は恒星と考えていた。 ◇ アダムスの不運 & 批難されたチャリス(1803年〜1882年、英国) イギリスでは、ジョン・クーチ・アダムズが予想軌道を算出し、ジェームズ・チャリスに報告していた。1843年から、ケンブリッジ大学の数学者・アダムズは天王星の軌道の不規則さから、太陽系の8番目の惑星の位置を予測していたが、チャリスらは懐疑的で探索がはじめるのは、ジョン・ハーシェルが1846年にチャリスに探索することを助言してからであった。 チャリスは気の進まないまま、1846年7月から探索をはじめ、アダムズの予測位置付近の星の位置の記録を始めた。そして、ガレの海王星発見の報を受けた後、実はガレより1ヶ月前にすでにチャリスは2回海王星を観測していながら、新惑星であることを見落としていたことが明らかとなり、チャリスは非難された。 このため、アダムズとル・ヴェリエとが発見者は誰かという事で揉めましたが、アダムズはル・ヴェリエに発見者の栄誉を譲りました。 ◇ 海王星( Neptune ) 太陽系の8番目の惑星。太陽から最も遠い位置を公転する惑星。名称の Neptune は、ローマ神話の海神・ネプトゥヌスにちなむ。 ◇ 寒暖を分かつ春分、秋分の日 夏冬は、至る(極まり)で夏至、冬至。春秋は、寒暖の中間点なので、春分、秋分。 月の満ち欠けに合わせた生活をしながら、二十四節気で太陽と地球の位置関係もおさえていた頃の方が、生きものの生理には合理的な気がする。 最近、新月の日には交通事故が多いことが知られてきました。 満月の日には、刑事事件が多いとか。 ◇ 9月23日、桑田の引退試合? 元大リーグ・パイレーツの桑田真澄(40)の“引退試合”が行われる。 「テリー伊藤 vs 欽ちゃんチーム」で、桑田が全イニング、全内野守備? 越谷市民球場で開催される「茨城ゴールデンゴールズ vs テリー伊藤・のってけベイブルース(林家たい平)」戦にテリー伊藤側の助っ人として参戦するもの。桑田にとって、これが日本でのラスト登板。「日本で応援してくださった方の前で(最後の登板を見せることが)できなかったので試合をしている姿を見てもらいたいと思った」と話した。テリー伊藤は「最初と最後をやってもらいたい」とフル回転を要望。 茨城GGの萩本欽一監督は「テリーさんが、とんでもない人を連れてきたのでビックリ。早めに引っ込んでもらわないと勝てないよ」とコメントを寄せた。 <茨城ゴールデンゴールズ6 - 7のってけベイブルース> (越谷市民球場) 桑田氏はパイレーツのユニホーム(背番号18)で先発し、2回を2安打無失点。三回から中堅を守り、七回は左翼、八回は遊撃、九回二死から代打で萩本監督が登場すると再び登板。3球三振に仕留め、“引退試合”を7−6の勝利で飾った。 試合後、球場に詰めかけた約1万人の観客から大きな拍手と桑田コールが送られた。「23年間と高校の3年間。合わせて26年間、温かい声援をいただき、本当にありがとうございました」。試合中は笑顔を絶やさなかった桑田氏が、声を詰まらせて涙を浮かべた。 くしくもこの日、ソフトバンクの王監督が今季限りでの勇退を表明した。1986年ドラフト1位で巨人に入団した桑田氏は「一緒に巨人でやろう」という王監督の一言で、巨人への入団を決意したという。2年目の1987年にはエースとして15勝を挙げてリーグ優勝に貢献。就任4年目の王監督を胴上げした。 「いろんな相談にのってもらった人です。長い間指揮を執って、本当にお疲れさまと言いたい。帰国してから食事を2、3回していたので勇退は知っていました」と穏やかな表情でねぎらいの言葉を贈った。 今後については「いずれユニホームを着て若い選手と汗まみれになりたいと思いますが、それまでは勉強したいです」。 ◇ トップ選手用水着から撤退、米ナイキ AP通信は22日、米スポーツ用品大手のナイキがトップ選手向けの競泳用水着から撤退すると報じた。北京五輪などで英スピード社の「高速水着」を着た選手が新記録を連発したため、対抗していくのは困難と判断したもよう。学生や一般向け競泳用水着の販売は続ける。 高額となりがちなトップ選手向け水着は、市場規模が限られる一方、ハイテク技術が求められるため開発費がかさむ。ナイキは「成長戦略と一致しないためトップ選手向け水着の開発には投資しない」としている。ナイキは今後、ランニング、サッカー、バスケットボール、スポーツウエアなどに投資を集中していく。 |

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