今日の出来事ロジー

7月19日は、 河合隼雄 の命日です。

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 平成20年10月3日(金)昨日:TVで懲戒請求呼びかけの橋下徹氏、一審敗訴。

 山口県光市の母子殺害事件の被告弁護団に対し、テレビ番組で懲戒請求するよう呼びかけた橋下徹・大阪府知事に損害賠償を命じた2日の地裁判決を受け、勝訴した弁護士らは「社会の刑事弁護への無理解を改善する判決」と評価した。

 広島市中区の広島弁護士会館で記者会見した、原告の今枝仁弁護士は「懲戒請求を扇動した行為は、刑事弁護活動を委縮させ、誠に遺憾」と指摘。一方では、発言に端を発した一連の問題について、「裁判員制度導入を前に、刑事弁護の意義や被告人の利益を守るとはどういうことか、広い議論を巻き起こした」とした。 原告代理人の児玉浩生弁護士は「懲戒請求した人から、『理解が足りませんでした。請求を取り下げます』とする手紙が、今枝弁護士に4、5通届いた。屋根に上げておいて梯子を外した形で、(請求は)視聴者の自由意思とするのは責任転嫁だ」と橋下知事を厳しく批判。

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 弁護士で人気タレントだった橋下知事の発言の影響を強く指弾した形で、橋下知事は「皆さんにご迷惑をおかけした。自ら法律解釈を誤り、表現の自由の範囲を逸脱した」と謝罪する一方で、「3審制もあるので高裁の意見をうかがいたい」と、控訴する方針を明らかにした。 橋本裁判長は判決理由で「差し戻し控訴審の弁護団の主張内容は荒唐無稽で許されない」といったテレビでの発言について、弁護士として法的根拠がないことを知っていながら、あえて請求を呼び掛けたとした。

 ※ 基本的にマスメディアとは、衆愚と隣り合わせであることを忘れてはならない。良いことも悪いことも同様に…。「視聴者の自由意思とするのは責任転嫁」だとすれば、TVなんぞ見てはいけません。今さらながら、メディアリテラシー【media literacy】の意味を良く噛み締めて、TVは楽しむものであり、信ずるものではないことを確認しよう。



 10月3日は、山廬忌(蛇笏忌)です。

 ◇ 飯田蛇笏(1885年〜1962年)(本名:武治、別号に山廬)

 山梨県東八代郡五成村(現・笛吹市)の大地主の長男として生まれる。五成村は古くから俳句が盛んな土地柄で、蛇笏も9歳の頃より俳句に関心を持つ。1905年(明治38年)早稲田大学英文科入学。早稲田吟社の句会に参加。若山牧水らとも親交を深める。高浜虚子の主宰する『ほとゝぎす』にも投句。この時期は、号を玄骨と称している。

 1909年(明治42年)、虚子が俳句創作を辞め小説に傾倒すると共に、蛇笏も俳句から遠ざかり、早大を中退し帰郷。その後、虚子の俳壇復帰と共に俳句の創作を再開、『ほとゝぎす』への投句も復活する。

 1914年(大正3年)、愛知県幡豆郡(はずぐん)家武町(えたけちょう)(現・西尾市)で発刊された俳誌『キラゝ』の選者を担当。1917年(大正6年)、同誌の主宰者となり、誌名を『キラゝ』から『雲母(うんも)』に改める。1925年(大正14年)に、発行所を甲府市に移す。

 1962年(昭和37年)10月3日没、享年77。忌日を「山廬忌」と称す。5人の男児をもうけたが、次男は病死、長男・三男が戦死した。四男の龍太が家督を継ぎ、のちに『雲母』を継承主宰する。(『雲母』は1992年(平成4年)に終刊) 1967年(昭和42年)、角川書店が『蛇笏賞』を創設し、毎年6月に優れた句集に授与している。


 わらんべの溺るるばかり初湯かな

 日輪にきえいりてなくひばりかな

 炎天を槍のごとくに涼気すぐ

 秋風やみだれてうすき雲の端

 極寒のちりもとどめず巌ふすま

 おく霜を照る日しづかに忘れけり

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 ◇ 芥川龍之介 『飯田蛇笏』

 或木曜日の晩、漱石先生の処へ遊びに行っていたら、何かの拍子に赤木桁平が頻に蛇笏を褒めはじめた。当時の僕は十七字などを並べたことのない人間だった。勿論蛇笏の名も知らなかった。が、そう云う偉い人を知らずにいるのは不本意だったから、その飯田蛇笏なるものの作句を二つ三つ尋ねて見た。赤木は即座に妙な句ばかりつづけさまに諳誦した。しかし僕は赤木のように、うまいとも何とも思わなかった。正直に又「つまらんね」とも云った。すると何ごとにもムキになる赤木は「君には俳句はわからん」と忽ち僕を撲滅した。

 丁度やはりその前後にちょっと「ホトトギス」を覗いて見たら、虚子先生も滔滔と蛇笏に敬意を表していた。句もいくつか抜いてあった。僕の蛇笏に対する評価はこの時も亦ネガティイフだった。殊に細君のヒステリイか何かを材にした句などを好まなかった。こう云う事件は句にするよりも、小説にすれば好いのにとも思った。爾来僕は久しい間、ずっと蛇笏を忘れていた。

 その内に僕も作句をはじめた。すると或時歳時記の中に「死病得て爪美しき火桶かな」と云う蛇笏の句を発見した。この句は蛇笏に対する評価を一変する力を具えていた。僕は「ホトトギス」の雑詠に出る蛇笏の名前に注意し出した。勿論その句境も剽窃(ひょうせつ)した。「癆咳(=労咳)の頬美しや冬帽子」「惣嫁(そうか=売春婦)指の白きも葱に似たりけり」…、僕は蛇笏の影響のもとにそう云う句なども製造した。

 当時又可笑しかったことには赤木と俳談を闘わせた次手に、うっかり蛇笏を賞讃したら、赤木は透かさず「君と雖も畢に蛇笏を認めたかね」と大いに僕を冷笑した。僕は「常談云っちゃいけない。僕をして過たしめたものは実は君の諳誦なんだからな」とやっと冷笑を投げ返した。と云うのは蛇笏を褒めた時に、博覧強記なる赤木桁平もどう云う頭の狂いだったか、「芋の露連山影を正うす」と云う句を「連山影を斉うす」と間違えて僕に聞かせたからである。

 しかし僕は一二年の後、いつか又「ホトトギス」に御無沙汰をし出した。それでも蛇笏には注意していた。或時句作をする青年に会ったら、その青年は何処かの句会に蛇笏を見かけたと云う話をした。同時に「蛇笏と云うやつはいやに傲慢な男です」とも云った。僕は悪口を云われた蛇笏に甚だ頼もしい感じを抱いた。それは一つには僕自身も傲慢に安んじている所から、同類の思いをなしたのかも知れない。けれどもまだその外にも僕はいろいろの原因から、どうも俳人と云うものは案外世渡りの術に長じた奸物らしい気がしていた。「いやに傲慢な男です」などと云う非難は到底受けそうもない気がしていた。それだけに悪口を云われた蛇笏は悪口を云われない連中よりも高等に違いないと思ったのである。

 爾来更に何年かを閲(けみ)した(=経過した)今日、僕は卒然飯田蛇笏と、…いや、もう昔の蛇笏ではない。今は飯田蛇笏君である。…手紙の往復をするようになった。蛇笏君の書は予想したように如何にも俊爽の風を帯びている。成程これでは小児などに「いやに傲慢な男です」と悪口を云われることもあるかも知れない。僕は蛇笏君の手紙を前に頼もしい感じを新たにした。

   春雨の中や雪おく甲斐の山

 これは僕の近作である。次手を以て甲斐の国にいる蛇笏君に献上したい。僕は又この頃思い出したように時時句作を試みている。が、一度句作に遠ざかった祟りには忽ち苦吟に陥ってしまう。どうも蛇笏君などから鞭撻を感じた往年の感激は返らないらしい。所詮下手は下手なりに句作そのものを楽しむより外に安住する所はないと見える。

   おらが家の花も咲いたる番茶かな

 先輩たる蛇笏君の憫笑を蒙れば幸甚である。

 〔青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)〕


 【参照】10月3日、スケート連盟元会長を逮捕(2006年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/20923794.html

 【参照】10月3日、中日ゲーム差3のまま、M6(2006年)
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/20947009.html

 【参照】10月3日、円覚寺開山国師毎歳忌
 http://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/37088314.html

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