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10月30日、白川静忌

 平成20年10月30日(木)米大統領選:投票まで1週間きる。マケイン候補劣勢。

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 共和党重鎮に有罪評決、米大統領選・上院選への打撃必至

 米連邦地裁の陪審は27日、アラスカ州選出の共和党のスティーブンズ上院議員に、地元の石油関連企業などからの贈り物を申告せず、虚偽の申告を繰り返したとの容疑で有罪の評決を下した。共和党の重鎮でもあるスティーブンズ議員は大統領選と同時に実施する上院選で改選対象となっており、全米でも苦戦が伝えられる共和党の党勢に打撃を与えるのは避けられない。大統領選で民主党のオバマ候補に対して劣勢のマケイン候補の最終盤の選挙戦にも影響を与えるとみられる。



 10月30日は、白川静忌です。

 ◇ 白川 静(1910年〜2006年)福井県福井市生まれ、漢文学者・漢字学者

 1927年、白川氏は、一生読書をしつづけると決意する。最初の目標は、『詩経』と『万葉集』を読み尽くすということだった。読書で一生をすごすには、中学の教師になるのがいいと思った白川氏は、資格を得るために夜間商業に通う。白川氏が決意したもうひとつのことが、「東洋をひたすら憶う」ということだった。氏は岡倉天心の『東洋の理想』、前田利鎌の『宗教的人間』、久松真一の『東洋的無』に惹かれたが、これを凌駕せんと情熱を滾らせた。

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 漢字研究の第一人者で、漢字学三部作『字統』(1984年)、『字訓』(1987年)、「字通」(1996年)は白川氏のライフワーク。甲骨文字や金文といった草創期の漢字の成り立ちに、宗教的、呪術的なものが背景にあったと主張する。だが、実証が難しいこれらの要素をそのまま学説とすることは歴史学の主流からは批判された。しかし、白川によって先鞭がつけられた殷周代社会の呪術的要素の究明は、平勢隆郎氏ら古代中国史における呪術性を重視する研究者たちにより引き継がれ、発展を遂げた。万葉集などの日本古代歌謡の呪術的背景に関しても優れた論考を行っています。

 1999年3月から「文字講話」を開催し、年4回ペースで全20回の 講演を行ない、中学・高校生以上の広い読者を対象とした漢字字典「常用字解」(平凡社)など、漢字理解の普及にも心を配り、インタビュー・対談などを収録した「桂東雑記」(I・II)を刊行した。最後の碩学と称せられた。

 2006年10月30日、多臓器不全により逝去、享年96。

 平凡社 白川静の本
 http://homepage3.nifty.com/ytt/ss/index_ss.html


 ◇ 松岡正剛の千夜千冊 第九百八十七夜 『漢字の世界』 白川静
 http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0987.html

 松岡正剛氏は、編集者(雑誌『遊』)・著述家にして、日本文化研究者。しかつめらしい顔をしております。若い頃に失恋して「比叡おろし」を作詞作曲した人とは、到底思えないほど威厳に満ちたそれらしい顔をなされております。しかし、この方の書評は素晴らしい。お見事です。次のように、白川静氏の特色を五つ挙げておられます。

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 第1には、神の杖が文字以前の動向を祓って、これを漢字にするにあたっては一線一画の組み立てに意味の巫祝を装わせたと見ている。これがすばらしい。漢字はその一字ずつ、一画ずつが神の依代づくりのプロセスであって、憑坐(よりまし)なのだ。

 神巫季成のプロセスのすべてが漢字のそこかしこにあらわれているということは、漢字文化の発生はつねに一文字に発端し、一文字に回帰できるはずだということになる。少なくとも甲骨文や金文に原型をもつものは――。 たとえば「文」の一字は人間が創造した秩序や価値そのものをあらわしている。しかもそのルーツは×印を肌に刻み入れる文身(入墨)にあって、加入と聖化の儀礼になっていた。

 文身は東アジア全域の沿海部にみられる習俗である。しかし、白川さんは古代中国がその「文」を人文の極致にまで高めて、ついに理念にまでしたことを追う。それが孔子の「斯文」であって、そこから「文明」の総体さえ派生したと見た。やがて「産」「顔」「彦」などの文字がつくられ、「文」が意識内面の高徳をもあらわすようになると、いずれは真の教養を示すようになった。「文化」とは、それをいう。こんな文化論を、白川静以外の誰が提案できただろうか。

 第2に、文字はつねに融即をくりかえしていて、そのたびにこれを使う者たちの観念を形象していたと見る思想がある。漢字に担い手を想定したことだ。 たとえば、農民は農耕を開始するときにその神庫をひらいてこれを成員に分かつのだが、その使用に先立って虫除けをする。そのとき鼓声を用い、その振動が邪気を払う。それが「嘉」であって、この礼を発端に多様な農耕儀礼が組み立てられていく。

 このように、白川さんは文字と職能と祭祀を貫いて見た。それは、あたかも漢字そのものを土に刺し、漢字そのものを手にして空中で振り、漢字を紙に折って精霊たちに食わせているようなものだ。ときには漢字を武器にして人を殺害することもある。 まさにそのように、漢字を担い手の動作に連動させたのだ。こんな漢字学者はまったくいなかった。

 第3には、白川さんの漢字論は、言霊と聖地をしっかり繋いで、これを切り離さないという思想をもっている。 文字はトポグラフィックであって、万古の風景の記憶ともいうべきものであり、しかもそこにはつねに唸るような声がともなっている。 たとえば「音」は、いくたびも人を襲う自然の災異に抗してあらわれる神威の来訪をあらわす文字であるのだが、その音の出現する原風景をどこかに引きずっている。だから、この音が意味をもつときは「言」となり、その言を聞きとるものがいれば、それが「聖」なのである。そして、こうした来訪の気配を読むことが「望」だった。

 第4に、白川さんは古代中国と古代日本をつねに同時に見据えてきた。これは内藤湖南・狩野直喜・石田幹之助といった先賢にはごく当然のことであったけれど、のちに廃れてしまった視野である。 廃れたには理由がある。よほど漢籍に通暁していなければならないのと、そのうえで日本の古典を愛していなければならない。これで次々にギブアップしていった。あとは中国文芸派と日本古典研究に四分五裂に散っていった。こんなことはギリシア語やラテン語を知らないでフランス思想の表皮にかぶれるようなもので、日本はかつての「東洋学によって日本を知る」という方法を失ったのである。

 けれども、白川さんはごく初期に『詩経』と『万葉集』を同時に読み通すという読書計画をたててこのかた、この両眼視野の深化を研鑽し、今日にいたるまでその探求を続行させた。 これが稀有なのだ。なぜそのような読書計画をたてたかはあとで紹介するが、おかげで、ぼくなどは古代日本文化の微妙な本質を白川さんの古代中国文化論を精読することによって学ぶという恩恵にあずかった。

 とくに講談社学術文庫のために書きおろした『中国古代の文化』と『中国古代の民俗』の一対はものすごい。ぼくが何度となく読み耽った2冊で(若い仲間にあげたのを含めておそらく6組ほど入手した)、この2冊こそは東アジアに沈潜発露する観念技術の精髄をくまなく叙述構成しえているのではないかと思われた。 それどころか、これは中国文化論であって、それ以上に日本文化論なのだ。そのことに気づいているのはぼくばかりではないだろうが、ぼくの日本論が白川静の中国文化論にその骨法の肝腎を借りていることを知っている人は、少ないだろうとおもう。

 第5に、白川さんは社会における豊饒と衰微を分けず、攻進と守勢を重ね、法律と芸能を分断しない。また、文字と身体を区別せず、脅威と安寧を別々に語らない。つまり文字文化や言語文化における生成と変節と死滅をつねにひとつながりに見る。 これは「正なるもの」と「負なるもの」を連続として見るという見方である。あるいは正と負の作用を鍵と鍵穴の関係として見る。この見方があの強靭で雄弁な思想を支えたのだった。たとえば、次のように――。

 中国文化をおこしたのは六身の洪水神である。禹、台駘、女窩、共工、蚩尤、そして混淆神を数える。 それぞれ、龍門山の水勢を制御し(禹)、汾水の太原を治め(台駘)、折れた大地の柱を補って冀州の溢流を防ぎ(女窩)、長江南方の古族陸終氏の祖となって人面朱髪戴角の異形としてふるまい(共工)、内蒙古に黄帝と戦って雲霧をおこして(蚩尤)、神話伝説にのこった。 洪水は古代社会の魔物である。暗幽の神である。それゆえ水禍のたびに多様な神が出没し、消長してきた。しかしそのなかで、ごくわずかの洪水神だけが王となった。あとは水没したか、殺された。 そして残った王のもとに、法と文字と芸能が制度化されたのだ。しかしこの王にも「負」があった。

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拝読させていただきました。安東麟

2010/2/5(金) 午後 0:07 [ gam*g*me*126 ]


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